第4話

 葛城の言葉に、私は絶望した。


「確定事項って……それを取り消すことくらい出来るでしょ? 今まで通り私じゃダメなの……?」


「ダメって言うか……もうクラス全員に伝えちゃったし」


「……は?」


 先程から、衝撃的な言葉しかもらっていない。クラス全員に伝えた。次のターゲットは千夏。それをクラスメイトは受け入れたというのか……?


「所詮人間なんて、自分が一番可愛いんだよ。千夏をいじめることを容認しなかったら、次のターゲットはお前だって言って脅したら、全員許可出してくれたよ」


 クスリと笑う葛城に、私の背筋は凍る。


「本気で言っているの……?」


「こんなこと、冗談で言うはずないでしょ」


 それから葛城は不気味な笑みを貼り付けたまま、これから起こそうとしているそれを想像して、声を立てて笑った。


「ふふっ。今までクラスで一番の人気者だった彼女が、突然地獄に落とされた時、どんな反応をするのか楽しみで仕様がないよ」


 ふふふっ、と笑う葛城が悪魔に見える。


 けれど、クラス全員がそれを容認したとしても、私がそれを許すことは出来ない。


「――今日、私を解放したということは、千夏へのいじめは明日からしようとしている、ということだよね?」


「そうだね」


「誰もいじめないという選択肢はないの……?」


 私の言葉に、葛城は薄く頬を引いて首を横に振った。


「知ってる? 人間って思っている以上に強欲で、そして臆病な生き物なんだよ。自分たちとは違うタイプの人間は排除しないと」


「排除……どうしてもしないといけない……?」


「何が言いたいの? って聞きたいところだけど、分かるよ。高澤千夏をいじめる。それをしないで欲しいんだよね?」


 私はゆっくり頷く。


 自分がいじめられる。それは嫌だ。だけど、大切な友達がいじめられる方がもっと嫌だ。千夏は私の唯一の……友達だから。


「――じゃあ、三日間の猶予をあげる。その間に、私がこれから言うことをしてくれたら、高澤千夏をいじめるのをやめるよ」


「それは……?」


「それは皇さんが――」




 葛城と話を終えた私は、真っ直ぐ家に帰って自室で考えていた。屋上で葛城に言われた言葉について。


「――三日間しか猶予を与えてくれないなんて……ホント、悪魔みたい」


 いや、三日の猶予をくれるなら、悪魔としては優しい方か。私はクスリと笑う。


 色々と準備をしなければならないのに、直ぐに行動に移すことができない。徐にXを開く。


「――あ、この子……例の事件の加害者とされてる……」


 プロフィール画面を開き、スクロールしていくと、批判のコメントが殺到していた。アカウントを消してしまいたくなるほどの罵詈雑言。それでも、その人物……御剣星那はアカウントを消すことなく、ただ自分の意見を百四十字に綴っていた。


『報道されている内容は全くのデタラメです。私と中務さんの間に、いじめというものはありませんでした。どうして自殺してしまったのか。それを聞きたいのは私の方。私と麗奈は親友です。親友の突然の死を受け入れられないのは私の方です』


『私に暴言を吐きたいなら吐いていればいい。罵りたいなら罵ればいい。それでも、私は真実を知りたい。だから、それを知る時まで死ぬ訳にはいかない。これはただの……私のエゴだ』


「なるほどね……二人は親友だった。その情報が正しければ……この子が中務麗奈をいじめたという報道は嘘……か」


 遺書には御剣星那にいじめられていたと記されていた。けれど、それが嘘だった場合、無理やり書かされたと考えるのが妥当。


 もしかしたら、中務さんは今の私と同じ状況に立たされていたのかもしれない。多分だけど……


 真相は分からない。それでも、私はマスコミの言葉よりも、この子本人の言葉を信じたい。二人が親友だったという言葉を。


 コメントには、そんなものはデタラメだと、自分の罪から目を背けて言い逃れしようとしているだけだと、批判的なコメントばかり書かれていた。


 けれど、きっと違う。

 彼女の言葉が本物だ。


 確証はない。それでも、何となく分かる。この文章は、いじめに追い込んだ子が書けるものではないと。


「――書くか」


 御剣星那の言葉を見て、直ぐに行動しなければ、という気持ちになった。この気持ちを忘れてはいけない。


 一時間ほど考えた。こんなもの、書いたことなんてないから。いや、本来ならば書かないはずだ。書かないで終われる人生の方がいい。


「…………」


 最後まで書き終えた時、ポタポタと涙が零れ落ちた。


 実感すると身体が震える。


「まだ……死にたくないよ」


 まだ千夏と一緒にいたい。それでも、私がこれをしないと、千夏がいじめられてしまう。それなら私は、この命を持ってそれを阻止する。


「……三日後、かな」


 三日間の猶予がある。

 それなら、残り二日間は千夏と一緒にいよう。だって、これが最後だから。


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