第2話

 私たちは他愛もない話をしながら、学校へ向かった。校門で先生が立っていた。いつも遅刻ぎりぎりの私の姿を見て、とても驚いた表情をしていた。


 失礼な人だな、と思いながら千夏と共に横を通り過ぎる。


 誰かと一緒に教室まで行くのは久しぶりだ。一人での登校は少し寂しいものがある。だから――


「千夏、ありがとうね」


 突然感謝の言葉を伝えた私に、千夏はキョトンとした表情を見せた。


 けれど、直ぐにその顔に笑みが宿り、「こちらこそだよ」とお日様みたいな眩しい、優しい頬笑みを浮かべてくれる。


「私も、朝から紫苑と一緒に登校出来て嬉しかったよ。ありがとう」


 ――ああ。彼女がクラスメイトから人気な理由が、痛いほど分かる。私の唯一の友達で、その良さはよく分かっているつもりだけど、なおさらにそれを実感する。


 教室前まで行くと、私はいつもその扉を開けることに戸惑う。人の視線が怖いから。


 けれど、千夏は違う。クラスの人気者は、他人の目などお構いなしにその扉を開け、中へ入っていく。人の顔色を窺って尚いじめられる私とは大違いだ。千夏は自分の生きたいように生きている。自分と決定的に違う面を見せつけられて、少しだけ心が傷んだ。


 教室の中を見ると、既に複数の生徒が談笑していた。千夏は構わず教室に入る。すると、それまで談笑していたクラスメイトは、視線を教室のドアへ向けた。話がピタリと止まったことに対して、私の心臓はドクン、と嫌な音を立てた。


「――おはよう、千夏」


「ちーちゃん、おはよう」


 クラスメイトが皆、千夏へ駆け出す。千夏は慣れた様子で皆に挨拶する。その空気を吸いたくなくて……そんな千夏のことを見ていたくなくて、素早くカバンを置いて私は教室を出た。


「あ、紫苑――」


 千夏が私の名前を呼んだが、私は聞こえないふりをした。クラスメイトが私の悪口を言っているのが聞こえたが、それすらも聞こえないふりをして、私は教室を後にした。



 一段、また一段と階段を上がっていく。鐘が鳴る前に教室に戻らないと。これでは、早く来た意味がなくなってしまう。それでも、戻りたくないという感情が、私のことを支配する。あの空気を吸いたくないと、心の底から思った。


 私は小さく溜息を吐く。

 きっと、千夏は知らない。私があのクラスでいじめられていることに。


 連日連夜報道されるニュースを見た時、他人事とは思えなかった。自分がいじめを受けているから。


 どうしてそこまで嫌われたのか、私には分からない。きっと、いじめの被害者の大半がそうなのだろう。理由か分からないまま、いじめを受けている。


 まあ、きっと……千夏と仲良くしていることも、理由の一つなのだろう。クラスで一番の人気をを誇る高澤千夏と、クラスで一番の嫌われ者である皇紫苑。本来、一緒にいることなど許されない。友人関係でいることは本来烏滸がましいことなのだ。


 醜い嫉妬は人を狂わせる。

 そう思う。


 それでも、私に千夏と友達を辞めるという選択肢はない。千夏と友達を辞めるくらいなら、そうなる前に自殺する。関係が壊れてしまう前にこの世界を去れば、高澤千夏と友達だった私のままでいられる。いられるはずだ。


 この気持ちを知られたら、きっと重いと言われるだろう。だから私は言わない。この気持ちは自分の墓まで持っていく。


「さてと……あと少ししたら教室に……」


「やぁ、皇さん。こんな所にいたんだ」


 正面から声が聞こえて、私は思わず顔を引き攣らせる。そこには人をいじめることが大好きな、葛城琴音くずしろことねとその取り巻き五人がいた。


 最悪、最悪、最悪、最悪、最悪。

 どうしてここにこいつらが……? ここに人が来ることなんて滅多に――


「どうして私たちがここにいるのか、不思議だって顔してるね?」


 私の焦りを感じ取ったのか、葛城はにやにや笑う。


「あんたさ、私たちに呼び出されてない時、いつもここにいるんでしょ?」


「どうして、それを――」


 その事を知っているのは、一人だけで……


「――千夏が教えてくれた」


 その言葉を聞いた時、ドクン、と心臓が鳴った。心拍数が上昇していることが分かる。嫌な汗が流れる。


 千夏が……教えた?

 私のことを……裏切ったの……?


「あ、勘違いしないでほしいのは、千夏はあんたのことを売ったわけじゃないよ? 純粋な気持ちで教えてくれた。あんたに用があるから、知っていたら教えてほしいって言ったらね」


 どうして……どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……


「まあ、そういうわけだから。少し私たちのストレス発散に付き合ってね……?」

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