君のいる世界にさよならを
花蓮
第1話
『先日、東京都××女子高等学校で、中務麗奈さん(十六歳)が屋上から飛び降りて死亡した事件で、警察によりますと屋上には中務さんのものと思われる靴と遺書が残されており、いじめによる自殺とみて捜査を続けているとのことです。現場では――』
連日連夜報道されているニュースを見ながら、私は朝食のパンを口に運ぶ。
何度も流されるニュースに、私は小さく溜息を吐く。いい加減にしてほしいと思う私に対し、傍で見ていた母は仏頂面で口を開く。
「これ、いじめが原因だったんでしょ? いじめをすることは容認出来ないけれど、今の子って弱いのね。いじめなんて表に出なかっただけで、私たちの時代からあったわよ」
「――そう」
私は適当に返事をする。
だから何だと言うのだろう。誰もそんなに話をしていないし、寧ろ不快だ。自分たちの方が辛い思いをしてきたアピールだろうか。
自分の母親だと思いたくないほど、自分主義の思考の持ち主だ。吐き気がする。気分が悪い。
そんな娘の様子の変化に気付くこともなく、母は言葉を続ける。
「もう、全員死刑にすればいいのよ」
ああ、また始まった。こういう話が報道される度にこの台詞を口にする。流石にもう聞き飽きた。
死刑死刑死刑死刑死刑。
あんたは本当に日本人かと言いたくなる。それならあなたが裁判官にでもなって、死刑判決を下せばいいんじゃないですか。
出かかるその言葉をグッと飲み込む。そんな言葉を口に出したものなら、拳が飛んでくること間違いなしだ。流石に朝からそんな修羅場を巻き起こしたくはない。
まあ……もし言ったとしても、自分の娘と同じ年齢の子が自殺をして、こんな感想しか出てこないのだ。文句を言うだけ時間の無駄だろう。
食欲が失せる。
だが、残すと何を言われるか分からないし、この状況で残すとあからさまだろう。私は残りのご飯を掻き込むようにして食べる。
「ご馳走様。洗い物出来なくてごめん。今日は早めに出るね」
「お粗末様でした。紫苑が早く行くなんて珍しいわね。先生にまた何か言われた?」
「いや、言われてないよ。ただ、いつもギリギリだから、偶には早く着いておこうと思って」
「出来れば毎日の方がいいけれど、まあ……いつもなんだかんだ言って、ちゃんと間に合っているものね。今回の事件もそうだけど、最近物騒な事件が多いから、気を付けて行ってくるのよ」
「うん、分かってる。それじゃ、行ってきます」
先程まで死刑にすればいい、と言っていた人物の言葉とは思えない。
けれど、この場にいたくない気持ちは変わらず、私はカバンを持って家を出た。行きたくもないその場所に向かって歩き出す。最寄り駅まで十分ほど歩き、十五分ほど電車に揺られる。高校は義務教育ではないため、私的には辞めても良いのだが、親としてそれは嫌なようで、許してはくれなかった。
有意義でも何でもない、無駄な時間を過ごしに学校へ行く。憂鬱な一日が始まる。降りなければならない駅に気付けば着いていて、溜息が出てしまう。重い足を動かす。
ゆっくりと階段を上る。
すると、後ろから慌ただしい足音が聞こえた。その足音は私の隣まで来ると、ピタリと止まる。
「紫苑、おはよう!」
隣を見ると、友人が笑顔を浮かべて立っていた。私の……唯一の友達。
高澤千夏。
黒髪のショートに、良い具合に焼けた肌。陸上部に所属する彼女は、クラスの人気者で、私とは正反対の子。
「――千夏、おはよう」
私たちはゆっくり階段を上る。それから改札を出て外に出た。
「紫苑がこの時間帯にいるの珍しいね」
「毎日怒られるのは流石にね。いつか親に知らされるかもしれないし、偶にはね」
「でも、この時間の電車に乗れば、毎日私と朝から会えるよ?」
さらりと告げる彼女は、平然とした顔をしている。クラスの人気者は凡人とはやはりどこか違うらしい。自信満々に言えるそのメンタルが欲しい、と心の底から思う。
私が欲しくて堪らないそれを、彼女は初めから持っている。千夏のことが羨ましくて、少しだけ……嫌いになった。
「一緒に行こう」
「――うん」
私は頷いてしまう。断ることなんてできなかった。ここで断ったら、彼女が私から離れてしまう。人気者の彼女の隣にいたい。そう思う子は沢山いる。彼女はいつでも出来てしまう。私を切捨てて、他の子を自分の隣に置いておくことが。
私はそれが……怖いと思う。
――友達失格だな。
私は自分が抱いてしまった気持ちに失笑する。千夏に嫌われることは阻止したい。卒業するその日まで、彼女の隣にいるのは自分であってほしい。そんな醜いことを……思ってしまう。願ってしまう。
それにしても……久しぶりの一人ではない登校に、少しだけ気持ちが軽くなる。
今日、早く家を出て良かった。朝から嫌な親を見た代償がこれなら、安いものだろう。
――今朝見たニュース。
あれを見た時、私は他人事だと思えなかった。だから、母の無神経な言葉には心底呆れた。自分の娘も、あの対象になるかもしれないというのに。
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