第29話 氷の侯爵令息に迎えに来られて学園に復帰してしまいました

おかしい、絶対におかしい!


私は元々ヒロインで聖女だったはずなのに!


なのに、なのに、聖女まで地味ダサ女に取られてしまった……


六歳で前世の記憶を取り戻してから、このゲームのヒロインで、ヒロインにふさわしくあろうと私は必死に色々やってきたのだ。


それが、それがだ。ぽっと出の平民の地味ダサ女に私の位置を乗っ取られてしまったのだ。


あの女、地味でダサくて静かでおとなしい、何でも私の言うことを聞くと思っていた私が馬鹿だったのだ。


医務室に王子様とあの憎らしい地味ダサ女が連れて行かれても、私は何も出来なかった。

癒やし魔術も使えなかったのだ。


魔物がいきなり現れたということでダンジョン体験は中止になり、騎士団の護衛の元王都に帰ることになったのだ。


私は呆然としたまま、そのまま、魔物に襲われてショックを受けたと言い訳して実家に帰ったのだ。





でも、実家に帰ったところで何もやることはなかった。


というか、何もやる気は起こらなかった。


今までゲームのヒロインで絶対に王子様と結婚してこの国の王妃様になろうと考えて色々準備をしてきた。


勉強も両親に頼んで将来王妃様になるために、高位貴族のやらなければ行けない勉強もしたし、各領地の特産品や、貴族の特徴、姻戚関係等を必死に覚えていたのだ。

勉強もトップを取るために必死に勉強してきたのだ。前世では不得意だった数学も必死に覚えた。語学は英語をベースにした帝国語だけではなくて、フランス語をベースにした西大陸語や中国語をベースにした東大陸語まで勉強したのだ。


それらは本来は男爵令嬢には必要ない情報だった。


それらが全て無駄になったのだ。


もっともハナミ商会の経営には必要な情報だったかもしれないが……

でも、経営は父がしているし、跡継ぎの兄もいるのだ。


今まで必死にやってきた事がガラガラと音を立てて崩れ去ったのだ。


将来の高い目標が綺麗さっぱり消えてしまったのだ。


私は何もやる気が起こらなくて自分の部屋でゴロゴロしていた。




そんなゴロゴロしていたところへ父が呼んでいると執事が呼びに来たのだ。


「えっ? 今はあんまり会いたくない」

「まあまあ、お嬢様、そうおっしゃらずに」

執事がニコニコ笑って言ってきた。


「お嬢様、直ちにお着替えを」

その後ろには侍女頭までいるんだけど……


「えっ、お父様に会うだけで何故着替えなければならないの?」

そう言う私の疑問は無視されて、侍女頭に強引にきれいなドレスに着替えさせられたのだ。


短時間で髪まで梳かされて、父の執務室まで連れて行かれたのだ。


「お嬢様をお連れしました」

私は執事に中に案内されてそこにいた人物を見て、目が点になってしまった。


そこには一番会いたくないアクセリがいたのだ。


「えっ、あなた様が何故ここに?」

私は頭が追いつかなかった。なんでこいつがここにいる?


「学園でお前が休んでいると心配されてアクセリ・トウロネン侯爵令息様がお前の見舞いにいらっしゃったのだ」

父が笑顔で、とんでもない事を言ってくれたんだけど。


ええええ! こいつが私の事を心配して見舞いなんて来るわけがない。絶対に何か魂胆があって来たに違いない。


「ライラ嬢。君を危険な目に合わせてしまって本当に申し訳なかった」

いきなりアクセリが頭を下げてきたんだけど。


いや、絶対におかしい。こいつなら、こんな事でショックを受けるのはおかしいだろう、日頃の気持ちの持ちようが足りないのではないかと嫌味を言うのが関の山なのに!


「これはお詫びの花だ。ぜひとも受け取ってほしい」

私はアクセリに花をもらったんだけど。


ええええ! アクセリから花をもらうなんて地震か何かの前兆なのか? 一番花束を贈りそうにない男なのだが。


「いえ、確かに魔物に襲われたのはショックでしたが、アクセリ様に心配いただくほどのことではありません」

私はとても動揺していた。日頃のアクセリにあるまじき行動に全く目的が読めなかったのだ。


「そう言ってもらえるとありがたい。実はライラ嬢が休んでいるので、生徒会の皆もとても寂しがっているのだ」

そらあ私がいないと、アクセリの面倒な仕事を皆がやらなければいけなくなるから、皆も困るだろう。それは良く判った。


「だから申し訳ないが、できる限り早く学園に復帰して頂けないだろうか」

そう言われて私は思わず頷いていたのだ。


夢が脆くもなくなってショックを受けていた今、他人から頼りにされて思わず頷いてしまった。

もっと良く考えてから返事をすればよかったのに!



私はホッとした父とアクセリがなにか目配せするのを不審に思いつつも見逃してしまったのだ。


ここでよく考えずに、学園に復帰したことを後でいやほど後悔するのだが、この時はそうなるとは思いもよらなかったのだ。

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