第36話
『二〇一×年 五月十七日 暖かいというよりも暑かった。○○先生の新作を手に入れた』
『二〇一×年 五月十八日 死にたい』
『二〇一×年 五月十九日 死にたい』
『二〇一×年 五月二十日 ××先生の新作を手に入れた。作風が変わってびっくりした』
『二〇一×年 五月二十一日 愛想が無いって怒られた。死にたい』
それは、思わず恐怖を感じてしまうくらいに、奇妙な日記だった。
一言くらいの、短い文章。かといって、多様性があるわけではない。『死にたい』か、『本を買った』の二つのみ。それしか書くことが無いほどに、空虚な日々だったのだろうか?
僕のことは書かれていない。いや、二〇一×年の五月なら、まだ僕と付き合っていない頃だ。書かれているとしたら、あと三か月先…。
僕は流し読みしながら、ページをめくった。だが、目に映るのは、この数秒で見慣れた言葉のみ。
『死にたい』『死にたい』『死にたい』『○○先生の新作を買った』『死にたい』『死にたい』『△△先生のサイン会があったらしい。行けばよかった。いや、死にたくなるだけか』『死にたい』『死にたい』『死にたい』『死にたい』『死にたい』『死にたい』『死にたい』『××先生が新作を出した。面白いのに、ネットじゃ評価最悪』『死にたい』『死にたい』『死にたい』『バイトをクビになった、死にたい』『死にたい』『お腹空いた。死ねるかも』『バイトの面接に行った。声が小さいって言われた、死にたい』『死にたい』『高校のクラスメイトに会った。馬鹿にされた。死にたい』『死にたい』『死にたい』『死にたい』…『やっとバイト受かった。頑張るぞ』『海原蛍さんって人と一緒になった』…。
そこから、慎重になって読み進める。
『八月二日 暑い日だった』
『八月三日 海原さんがジュースを奢ってくれた』
『八月四日 死にたい』
『八月五日 海原さんにさぼっているのがバレた』
『八月六日 海原さんも○○先生のことが好きらしい』
『八月七日 海原さんとたくさんお話をした』
『八月八日 出過ぎたことを言ったかもしれない。死にたい』
『八月九日 海原さんは気にしてない様子だった』
『八月十日 新作を読んだ。面白かった』
『八月十一日 自分は二十歳なのだから、もっと大人っぽいことをしたい』
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