第23話

 祖母が死んで少しが経った頃、引っ越し支度をしていた僕の元に、母方の祖母がやってきた。

 母方の祖母は、開口一番、こんなことを言った。

「父親に似て、腑抜けた顔だこと」

母方の祖母が言ったのは、娘を失ったことによる恨みつらみだった。

「娘が、あんた男と結婚しなければ、娘は気が狂って死ぬことは無かったわ」

「僕に言って、どうするんですか? 関係ないでしょう?」

「関係あるわ。あなたは、娘を殺した男の息子なんだもの」

 そう言う、母方の祖母の背後には、焼け焦げた母と、首を吊った父が現れた。

 栄養剤を…、栄養剤が飲みたい。

 目を泳がせる僕を見て、母方の祖母はため息交じりに笑った。

「やっぱり、娘を結婚させるんじゃなかったわ。こんな間抜けな子供を産むんだもの」

「…僕に、何が言いたい? 何をしてほしい?」

「何も」

 祖母は踵を返した。

「いい気味ね。娘を殺されたのに、事故扱いにされて、気持ちのやり場を失っていたのよ。でも、神さまはやっぱり、私たちに味方しているのね。父親は自殺。その母親は病死。一瞬で一家が崩壊したわ。あなたも早く、あの二人の元に行けるといいわね」

「言葉を返すようですが…」うつむいたまま言った。「僕は、母に殺されかけています…。背中を刺されました。そういう言い方は…、やめてくれませんか?」

 僕の横に、焼け焦げた母が立った。でも、何もしない。

「…母の幻影が、今でも、僕を苦しめているのですから」

「私は、あなた達に今でも苦しめられているの」

 母方の祖母はぴしゃりと言った。

「あなたは今、自分が被害者のような言い方をしたけど、あなたは加害者なのよ? あなたが、生まれてこなければ、私の娘は死なずに済んだのだからね」

 そりゃあないよ。と思った。

 母方の祖母は鼻で笑った。

「せいぜい生きなさいよ。私は、お前たちの一族が苦しんで死ぬ姿を、酒の肴にするのだから」

 そう言って、出て行った。以来、連絡は取っていない。

 変な話だ。もし、一人だけに「生まれてこなければよかった」と言われれば、ただの戯言として聞き流していたことだろう。だが、母も、父も、祖母も、みんなが言うんだ。「お前なんて、生まれてこなければよかった」と。四人に言われた。これは、戯言じゃ済まされない。

 本当に、生まれてこなければよかったということだ。

 否定したいよ。だけど、祖母が死んで以来、それができないような感覚になった。僕のせいで、母が育児ノイローゼになった。結果的に死んだ。母のせいで父が借金を負って、首を吊って死んだ。その元凶は僕だ。父のせいで祖母の生活が困窮した。その元凶は僕だ。そして、祖母が死んだ。僕のせいだ。

 僕が生まれてこなければ…、こんな悲劇は起こらなかったのだろうか?

 考えても仕方がない。もう過ぎたことだ。

 それなのに、「死んだ」という事実が、残りカスとなって僕の足首に噛みついている。

 こんなにめちゃくちゃになってもなお、生きる理由なんて存在しない。

 そして、死ぬ理由もまた、存在しなかった。

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