第2話
ああ、朝か…って思い、ゆっくりと身体を起こす。すると、頭が割れるように痛んだ。脱水か? 酒なんて飲んだ覚えは無いんだけどなあ…と思いつつ、ふと横を見る。
そこには、僕の恋人である、「朝霧真琴」が、僕の方に身を寄せて、すやすやと安らかな寝息を立てていた。
それを見た瞬間、僕は思わず「え…」と声をあげた。そして、きょろきょろと辺りを見渡す。それから、自分の格好も確認した。ちゃんとパジャマを着ているし、乱れた様子は無い。もちろん、彼女の格好も。
一線を越えたわけじゃないな…。となると、ますますわからなくなった。
真琴が? あの真琴が、僕の部屋で、僕の布団で、僕と一緒に眠っているだと?
恋人だから同じ布団で眠っていてもおかしくないと思われるかもしれないが、僕と真琴は、今までに一度も一緒に眠ったことはなかった。当たり前だが、一線を越えたことも無い。「やれたらいいなあ」とは思っていたが、そういう雰囲気になることはなかった。
うぶと言えば聞こえはいい。正直に言えば、二人の関係は初めから冷え切っていた。
だからこうやって、真琴が僕の部屋で夜を明かすこと自体が、嵐の前触れだったのだ。
実際、それは嵐を予見していた。
三十分後に目を覚ました真琴は、寝ぼけ眼を擦り、ふふっと笑った。そして、僕の頬にキスをすると、柔らかな声で「おはよう」と言った。
それだけじゃない。僕の目の前で着替えると、洗面所に向かった。そこには、いつの間にか真琴の分の歯ブラシや洗顔、フェイスタオルが置いてあった。彼女はそれを使って身だしなみを整えると、台所に立ち、ささっと玉子焼きを焼いて見せた。白ご飯も、炊飯器のタイマーを前日から設定してあったのか、ふっくら炊き立てだった。ウインナーは味の落ちた徳用。だけど、塩コショウで味を付け直していたので、十分な旨味があった。
味噌汁も、インスタントじゃない。
あれ…、真琴って、料理できたっけか?
首を傾げながら、彼女が作ってくれた料理を突いていると、真琴は笑った。
「どうしたの? まだ寝ぼけているの?」
「あ、いや、別に…」
「今日はどうする? 遊びに行く? それとものんびりする? 私としては、昨日もだらだら過ごしちゃったから、日の当たる場所を歩きたいなあ」
「え、あ、ええと…」
急に怖くなった。多分、本能だったのかもしれない。
ふと、スマホのカレンダーを確認すると、驚愕した。
今日は、八月二十三日だったのだ。あれ…もう、こんな日だっけ? 僕の記憶じゃ、まだ八月中旬な感覚だったのだけど…。
台所のゴミ箱を覗いてみると、チューハイの缶が二本入っていた。皿洗いをしている真琴に聞いてみると、彼女は笑いながら言った。
「どうしたの? 昨日一緒に飲んだじゃない」
「ああ、そうか…」
確かに、二本。二人分だよな。
恥ずかしい話、僕は今までに真琴と一緒に酒を飲んだことが無かった。それなのに、机に向かい合って、缶を突き合わせたという事実が、さらに僕の恐怖を加速させた。
何かが…おかしい。いや、逆に考えるんだ。「僕がおかしい」のかもしれない。
例えば、あのチューハイを飲んで酔っ払って、記憶が曖昧になっているとか。実は、僕と真琴は、今までにも一緒の布団で眠り、酒を飲み交わす仲だったのだ。それなら辻褄が…合うわけがないよな。アルコール三度の酒を飲んだ程度で、記憶障害を起こしてたまるか。
混乱する僕を放って、真琴はさらに奇怪な行動を見せた。
「ねえ、お出かけしようよ」
僕の前じゃ絶対に着なかったワンピースを纏うと、僕の手を引いて外に出た。
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