第1話 転校生

 放課後。蝉しぐれが鳴く。

 グラウンドにも生徒が残っている。男子達は制服姿のままサッカーをしている。さくらの憧れは沢田さわだ。さくらは教室の窓を開けてその光景を眺めた。夏の風がさくらの頬を撫でる。教室は静けさを返した。


 蒸し暑い夏。

 そしてさくらの髪が靡かせていた。


 隣の教室から、スマートフォンでゲームをしている音がする。佐々木ささきにさくらは声をかけられる。


「じゃあ、藤谷ふじたに。また明日なー」

「うん。また明日ね」

 さくらはそう言う。


 さくらの絶世の美貌は凄まじい。


 さくらが伏し目にしたとき、長く濃い睫毛がとても映えた。さくらは色が深い。肌は白いが、その下には赤い色が透けている。まるで透き通るように染まった赤だ。血色の良い唇。絶世の美人とはこういった人を指すかのようだ。


 さくらは、モデル並みの顔立ちとスタイルを持っている。この学年一の美女。丁度、帰る頃には狐の嫁入りがあった。生憎、さくらは傘を持っていない。さくらは思う。せっかく制服を新調したのに、と意気消沈していた。すると低い独特の美声がする。


「おまえにやるよ」

「あっ、ありがとうございます」


 フッとさくらが視線をやったら、黒髪のマッシュウルフヘアが風に揺れていた、男性とすれ違った。絶世の美貌を持ち、適度に筋肉のついたからだ。おまけに長身。は間違いなくモテるだろう。彼は高校生ではなく、大学生くらいの年齢に見えた。


 さくらは傘を貸してくれた青年を見た。


 するとスルッと落ちた生徒証には宍戸ししどるいと書かれていた。


(とてもきれいな人……)

 さくらは思わず、見惚れてしまった。そう、彼、宍戸ししどるいに。


 翌日


 キーンコーンカーンコーンと鳴る。


「おーい〜。着席しろ〜」


 槇原まきはらは教壇に立った。


「槇原先生。かつらがズレてるよ」

「……あっ、バレちゃったか」


 槇原はかつらをとった。頭髪が寂しく、御髪おぐしが薄い。


「夜間部から転入生が来ることになった」

「どんなやつ?」

「期待できるかな」


「教室に入ってきなさい。宍戸くん」


 転入生がドアを開けた。

 一瞬時が止まりそうになる。


 シルバーグレー色のマッシュウルフヘア。目にかかるくらいの前髪をセンターパートにした、切れ長の目の美青年。一瞬外国人かと思った。さくらと目があってスッと逸らされた。適度に筋肉がついている。色白で、目の色が完全なブルー。無造作ツイストスパイラルパーマをかけた髪。女子たちは見目麗しい青年に歓声をあげた。先生は黒板にチョークで名前を書く。


宍戸ししどるいくんだ。歓迎してやりなさい」


 授業が終わる頃にさくらは宍戸に声をかける。


「あ、あの、昨日はありがとうごさいました」

「は? 俺は礼を言われるまでもねぇよ。しかもなんで敬語?」


「宍戸たち、知り合い?」


 槇原が宍戸に言う。


「……別に」


 さくらは生徒証を宍戸に返そうとした。

 累はさくらを無視をして帰るようだ。無視された、溜め息とともにしゅんと項垂れる。さくらは女友達から声をかけられる。


「さくらー! 夏休みになったらイツメンでカラオケ行かない?」

 親しい友人の井吹いぶき茉莉花まりかに声をかけられた。三人の友達がさくらの許に駆けつける。


「うん」

「宍戸は新しい彼氏?」

「まさか。違うよ」


「さくら、モテるもんね」

「そんなことはないよ……」


「あっ、携帯が鳴ってる」

(結局。宍戸くんに生徒証も傘も返せなかったな……)


 電話がかかってきた。さくらは受け答えをして、スマホを通学鞄の中に入れた。


「茉莉花ちゃん、わざわざ誘ってくれてありがとう。でも、今日はバイトに行かないと。また明日ね!」


 ◇◇◇


 バイト先についたら累が来店してきた。一人だ。マクベスを読んで、オレンジジュースを頼んでいる。女性のお客が累を見るなり、目を輝かせた。


「あの客、めっちゃイケメンじゃね?」

 がやがやと女性客が噂をしていた。


 さくらを見た。同期の友梨が店長に叱責されていた。なにかやらかしたのだろうか。フッと見ると窓際の席に累が座っていた。さくらは生徒証を返さないと、と思った。しかし、今は仕事をしている。さくらは累の許にドリンクと食べ物を運んできた。


「こちらイタリア風ドリアとオレンジジュースでございます」

 さくらはそういう。だが、ほぼ、会話は噛み噛みだ。累は冷たい眼でさくらを見た。


「……藤谷。ここでバイトしてんの?」

「そ、そうですよ。ごゆっくりお過ごしくださいませ」


「店長。同級生の子に返したいものがあって」

 累の生徒証を店長に見せた。


「分かった。藤谷さん、今日はあがりなさい。同級生の男の子なんだろ? 生徒証を返すついでに話してあげたらどうだ?」

「ありがとうございます……!」


「宍戸くん?」

「……あのさ、藤谷。俺に用事があるなら向かいの席に腰掛けてくれない?」


「う、うん……」


「奢ってやるよ。ほら、メニュー表」


「うーん、イタリア風ドリアかなぁ」

「まさかとは思うけれど俺のこと好きなの?」


「え? ちょっとそんな事を大声で言わないで」


「どうなんだよ。実際、俺もお前のこと気に入ってるし」


「お前、容姿綺麗だし、性格も良さそう」

「生徒証を返すのは口実で俺に話しに来たんだろ?」


「……!」


「図星だろう? 何も答えられないと言うことはそういう事か」


「宍戸くんは?」

「俺もお前に会いに来ただけ」


「俺。お前みたいな女はじめて」

「……」


 会話に詰まる。


「お前の名前は知ってる。さくら」


 さくらは驚いた。


「……え?」


 さくらの唇から言葉が漏れる。

 転校してきて早々名を憶えたのか。累は頬杖をついた。


「お前は俺の死んだ妻に似てる」


 さくらは思う。累は何を言いたいのかはわからない。


「な、なにを……?」


 狼狽えるさくらに累は優しい口調になる。


「いま、お前。間の抜けた顔してんな。嘘に決まっててんだろ」


 累は一度、咳払いをした。


「俺は2005年に月神家にて生を受けた」

「……月神家?」


「俺はこの高校に潜伏しているだけだ」

「せ、潜伏?」


「お前と俺が在籍している、月神つきがみ高校は多額の金をある一族から受け取っている。その金でこの高校は成り立つ。当然、入学する生徒も多い。お前みたいな凡庸ぼんようなお嬢ちゃんには知らねぇ話だけれど」


 累は後ろの壁にもたれかかり、足を組んだ。


「この高校は通う生徒もすねに傷持つやつばかり。月神高校は魔物が巣食う高校だよ。知らねぇの?」


 累は不敵な笑みを浮かべた。


「さくら。もちろん、お前も狙われてる。まぁ、俺が守ってやるから安心しろ」


「なっ……何を言ってるの?」


 さくらは視線を泳がせた。


「あんたと俺は結ばれるべくしてこの世に生まれたんだ」


「……あんたの家。どうやら、経営が傾いてるみたいだな。俺が交換条件を提案してやろう。俺と交際するなら、あんたの家を全面的に支援をしてあげようか?」


 累はニタっと意地の悪い笑顔を見せた。さくらは思う。累は上から目線で積極的な青年だ。彼の本性を知らない女性が見たら虜になりそうな笑みだ。


「つ、付き合う?」

「実際、あんたは器量きりょうも良いし、性格も良さそう」


 累はニタっとした。さくらは何も答えられなかった。さくらは言葉が喉の奥に詰まる。


「あんたみたいな美人は初めてだ。俺は優しいから丁寧に扱ってやるよ」


「……確かに家の生活は大変だけど」

「なら、親父が倒れても? 高校に巣食う魔物にお前の家族の身が危険に晒されても? そういう保証はあるのか?」


 さくらは思う。累に脅されているのだろうか。


「無いです……」

「なら、俺が保証してやろう。家族も魔物から守ってやろう。金銭面でも大いに守ってあげよう。そして、お前の事も守ってあげよう」


「……明日答えを聞きたい。俺が勘定かんじょうを済ませてやろう。小娘」


 さくらは取り残されたような気持ちだ。

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月神の巫女 朝日屋祐 @momohana_seiheki

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