第11話 合格発表
そして、八日が経った。
俺達は再び、城を訪れていた。
中庭で、執事みたいな格好の人に、自分たちの答案を手渡す。
「すぐに採点致しますので、こちらでしばしお待ちください」
そんなすぐに採点できるものなのか……?
執事たちは他の人達からも答案を受け取り、そそくさと城内に戻っていく。
「この間より人が減ってないか?」
中庭に集まっているのは五十人くらいだ。この間は百人近くいたはずなのだが。
「みんな最後まで解けなかったんだろう」
「かなり高度な内容でしたからね」
執事に答案を渡したイリハは、ようやくホッとした顔になっていた。ここ三日ほど、彼女はずっとピリピリしていた。あまり寝てもいなかったようだ。
イリハは結局、最後まで一人でやり切った。俺と美法の二人がかりでもギリギリまでかかったのに、それを一人でやったのだ。尊敬の念を抱かずにはいられない。
もっとも俺達は俺達で、「背理法を使えば簡単なのに、使わずに証明しなくてはならない」というハンデがあるにはあった。この世界の人間にはない、いらぬ苦労を強いられたのだ。
「おやおや、お前らも来たのか」
この人を見下したような声は……。
「モルダカか……何の用だ?」
こいつも残ってたのか。
「イリハ・アブサードが他人の解答を盗んでないか、監視に来たんだ」
「なっ。私は……」
「イリハは完全に一人でやっていた」
俺はイリハとモルダカの間に立って、壁になった。
「俺が保障する」
「そんなことわかるのかよ?」
「一緒に住んでるからな」
「……はぁ!?」
モルダカは俺を指差し、イリハを指差し、また俺を指差した。
驚いた顔をしていたが、すぐにまた、人を蔑む顔に戻った。
「クユリ人と住むなんて、物好きな奴だな」
「関係ないだろ、そんなことは。イリハがどこの誰だろうと、数学好きなら仲間だ」
「……。ふん」
モルダカはつまらなさそうに地面を蹴った。
「モルダカこそ一人で解けたのか?」
「もちろんだ」
ぐっ、マジかよ。嘘をついている感じはない。自信満々に答えやがった。
だが、すぐにモルダカは首を振り、芝居がかった口調になった。
「ああ、悪い。一人で解いたというのは、嘘だ。正確には一人と一台だ」
「いち……台? どういう意味だ?」
「それは俺の秘密兵器だ。これ以上喋ったら、またアブサードにアイディアを盗まれるかもしれない。残念だがここまでだな」
モルダカは踵を返して、離れていく。最後は勝ち誇った表情をしていた。
「なんだったんだ、あいつ」
ただ嫌味を言いたかっただけなのか。
「あの、ジュンタローさん。かばってくれてありがとうございます」
「気にするな。イリハが頑張ってたのは知ってたからな。そんなことより、あいつ妙なこと言ってたな」
「一人と一台、ですか?」
「ああ」
いったいなんのことだ。コンピュータでも使ったのか? いや、この世界には電気もコンピュータもない。でも、他に数学に使えそうな「台」がつくものなんて……。
「あれ? そもそもライデ語に数詞はあるのか?」
「ありますよ。『台』とつくのは、大きいものとか、重いものですね」
日本語の「台」と似た用法だ。
じゃあ一体なんだろう。俺たちは互いに首を傾げた。
そうこうしているうちに、中庭を見下ろすベランダに国王が現れた。
「皆の者。今日も集まってくれて、どうもありがとう。採点はまだ途中だが、中間発表を行おうと思う。これから名前を読み上げる者は、残念ながら失格だ」
えっ、そんな発表方法なのか!
てっきり、大学の合格発表みたいにするのだとばかり。
中庭にいた人たちは、みんな動揺していた。だが国王は気にせずに話を続ける。
「答案の返却を希望する者には、返却する。帰る前に召使たちに声をかけてくれ。では読み上げる。アーエル・カウキー、マルヘ・バルツ……」
国王が一人ずつ、名前を読み始めた。
そうか、この人数の採点をなぜ短時間でできるのか、ようやくわかった。一問でも間違いがあったら、そこで採点を止めて良いからだ。きっと返却される答案も、途中までしか採点されていないのだろう。
「……以上十八名が、現在までの失格者だ。残念だがお帰りいただこう」
一気に三割以上が脱落した!
「どうやら、私たちは残れたようですね」
「まだ先はわからないけどな」
俺たちの緊張の時間は、まだ続きそうだ。
さらに数分後、再び国王が出てきた。
「先ほど、計算問題の採点がすべて終わった。ここまでの失格者を発表する」
そしてまた、数人の名前を読み上げる。俺達は――生き残った!
ちなみにモルダカも残っている。口だけの人間じゃないんだな。
ここからは、証明の採点になる。これまでよりも時間がかかるだろう。
ずっと緊張状態で待つのは、かなり疲れる。俺もイリハも、これに人生がかかっているのだ。高校受験のときよりも遥かに緊張している。
数学オリンピックや大学受験は、このくらい緊張するのだろうか?
「疲れた」
美法が指を振って、椅子を召喚した。足を組んでくつろぎ始める。
「ずいぶん余裕だな。美法は緊張しないのか?」
「するはずないだろう。私は魔王討伐に興味ないからな」
そういえばそうだった。
「なら、なんで参加したんだ?」
「数学が好きだからだ。この世界の数学の問題を解いてみたかった」
背負うものがない美法は、純粋な好奇心で突き進んでいた。
羨ましい。
俺もイリハも、楽しんでばかりではいられなかったのに。
「……二人に対しては、その、後ろめたさはあるが……」
「気にするな。美法がいなかったら、俺は全問解ききることすらできなかった」
羨ましいとは思うが、助けられたのも事実だ。妬む気はない。
イリハはどうだろうかと顔色をうかがったが、ケロッとしていた。
「ミノリさんが気にすることはありません。私はこういうの、慣れていますし」
こういうの、とは、こういう緊張する場面のことだろう。イリハは人生どころか、人種をかけた試験を何度も経験してきたのだ。
「それに今は、課題が終わった解放感の方が大きいです」
イリハはイリハで、肝が据わっていた。
それからも何分かごとに国王が出て来ては、失格者を発表していった。
ひとり、またひとりと中庭から人が減っていく。
やがて、残り十一人にまで減ったとき、国王が告げた。
「お待たせした。ついに、答案の採点がすべて完了した。これから発表するのが、最後の失格者たちだ」
中庭に緊張が走る。美法も立ち上がって、発表に集中した。
「では、失格者の名を読み上げる。レカン・アポリ……」
一人、二人、三人、……そして、四人。
国王が名前を読み上げていく。
「以上四名が、最後の失格者だ」
俺達の名前は――出なかった!
「通った!?」「行った!?」
俺とイリハは、顔を見合わせた。
「や……やったぁーー!!」
諸手を挙げて喜んだ。
まずは、第一関門クリアだ!
「残った七名の者達、おめでとう。さっそくだが、次の課題……最終課題を発表する」
喜ぶ暇を与えてくれなかった。
って、もう終わり!?
思いのほか早いが、魔王がいつ動くかわからないもんな。急ぐのは当然か。
「最後の課題は、研究発表だ。数学者としての能力を見せてほしい。内容の独自性や新規性を軸に評価する」
独自性と、新規性?
つまり、自分にしかできない切り口で、まだこの世界で知られていないことを発表しろと?
それって、つまり。
ガチの数学者がやる、ガチの研究発表じゃねぇか!!
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