第7話 国王からのルール説明

 俺達の屋敷があるこの町は、いわゆる城下町ってやつらしい。町の奥の方に湖があり、その中央に王城が建っている。

 屋敷から城までは、魔法タクシーで十五分くらいだった。


 集合場所は城の庭だった。俺達が着いたときには既に百人くらい集まっていた。老若男女、様々な人がいる。

 地面は一面芝生が敷き詰められ、周りはよく手入れされた低木で囲まれている。ちょうど季節なのか、赤やピンクの綺麗な花がたくさん咲いていた。


 俺達は庭で、見知った顔に出会った。モルダカだった。イリハの本を盗もうとした少年だ。


「おやおや、まさか盗人とこんなところで会うとは。今度は誰のアイディアを盗むつもりだ?」


 相変わらず、よくわからん因縁を付けてくる。

 俺はイリハの前に進み出た。


「盗人はあんただろ」

「なんだと?」

「ん? ああ、すまない、未遂だったな。俺がお前の問題を解いたから」

「……。チッ」


 モルダカはまた舌打ちして、去っていった。


「なに、今の。誰?」

 美法が俺の服を引っ張る。

「いや、俺もよくは知らないんだが、前にイリハの本を盗もうとしたんだ。モルダカ・ジェロノとか言ったか。イリハ、あいつは何者なんだ?」

 イリハは不機嫌そうに顔をしかめた。

「ただの困ったさんです。昔から私に絡んでくる人で……」

「それは、イリハが……その、クユリ人だから、か?」

「それもありますね。それに、彼の父親も数学者で、私の両親と同じく数論が専門なんです。親同士は仲が良いのですが、モルダカさんはなぜか私のことをずっとライバル視しているんです」


 同じ数学者の親を持つ子供として、数学で負けたくないってことなんだろうか? それにしてはやり方が乱暴だが……。


 やがて、庭にさらに五十人くらい人が増えた頃、門が閉じられた。そして庭の前方にあるバルコニーに、ひげを蓄えた一人の老人が現れた。


「あの人は?」

「国王です。オレン・ハトル国王」


 国王はマイクのようなものに向かって話し始めた。


「愛すべきライデスター王国民よ。余の声の下に集まってくれたこと、感謝する。どうもありがとう」


 朗らかで安心する声だった。周りの王国民達もあまり緊張していない。友好的な王のようだ。


「知っての通り、余は先日、最高位の魔法使い達を集め、召喚魔法の使用を試みた。この国の誰よりも数学の得意な者を召喚しようとしたのだ。だが二度の挑戦にもかかわらず、召喚魔法は失敗に終わった」


 ……ん? 二度の召喚?

 それってもしかして、俺と美法のことか?


「一度目の失敗のあと、魔王はそれを嘲笑うかのように、国中の知識人の誘拐を始めた。我々はそれを止めるため、速やかに二度目の召喚を試みた。だがそれも失敗……ほどなくして魔王は人質を解放し、誘拐は止まった」


 やっぱり俺達のことだ!?

 そうか、なんであの女神が俺達を呼んだのか疑問だったが……こっちの世界の人間が、召喚魔法を使ったからだ!

 魔法は、神の力を借りて行う奇跡。召喚魔法は成功し、神が力を貸していたのだ!

 つまりあのお爺さんは、俺の命の恩人だ。なんとしても、この恩に報いなくては……!!


「しかし人質たちは魔王から洗脳されていたと見られ、彼らから魔王の情報を引き出すことはできなかった」


 洗脳……?


「おい美法、そんなことまでしてたのか?」

「そんなわけあるか。みんなが私のことを黙っていてくれただけだ」

「なんで人質がそんなことするんだ?」

「さぁな」

 美法は笑顔を見せた。どうも何か知っているっぽいが、教えてくれそうにない。


「さて、そこで余はこう考えた。もはや悠長に召喚魔法を繰り返してはいられない。余が直接国民に呼びかけ、選考を行うべきだと。愛すべきライデスター王国民の中から、最も高い数学能力を持つ者を選び出すべきだと!」


 歓声が起こった。みんな、気合十分だ。

 俺も気合いが入っていた。いったいこれから、どんな問題を課されるのだろう? 高校生クイズみたいに、知力と体力を使ったバラエティ溢れる競技でもするのだろうか!?


 ……と思ったら、普通に問題集を渡された。

 執事やメイドみたいな人達が、参加者達に小冊子を渡していく。俺達も受け取って、中身を確認した。

 問題は全部で六十四問。単純な計算問題から、見当もつかない証明問題まで、バラエティ溢れる問題が詰まっていた。


「期限は、今日を含めて八日。どのような方法を用いて解いても構わない。八日後の同じ時刻に再び集まり、全問正解した者のみが次の試験へ進める。以上!」


* * *


 思ってたより早く話が終わったので、俺達は明るいうちに屋敷に帰ってこれた。

 俺達はリビングに集まって、それぞれ問題集を眺めた。


「前半は計算問題だな。微分方程式に、線形代数に……なんだこれ?」

「どれだ?」

「十七番」


 美法とイリハが同じ問題を確認する。

 そこには数式の類はなく、こんな問題文が書かれていた。


『次の魔法の実行結果を述べよ。

 ホロクジ・ニル・エルケール・……』


 発音は、わかる。だが、意味は全くわからない。もしかしてこれは、呪文か?


「問題文の通りですよ? この魔法を実行したとき、何が起こるか推論する問題です。見たところ論理魔法ですね。なんらかの論理パズルを解こうとしているみたいです」

「そんなの、この魔法を読み上げれば、勝手に実行されるんじゃないのか?」

「いえ、使われている呪文も文法も高度なものですから、並の魔法レベルでは実行できません。私でも無理ですよ」


 よくわからんが、要するに、プログラムのソースコードを読んでその実行結果を求める問題ってことか。


「後半は証明問題ですね。記号論理、数論、初等幾何……」

「証明問題か……」

「嫌そうですね。苦手なんですか?」

「むしろ計算より得意なんだが……」


 この世界では、背理法が使えない。背理法は、俺達の世界じゃ最強武器の一角だ。それが使えないとなると、相当な苦戦を強いられるのは間違いない。


「この課題は、私達にとって圧倒的に不利だ。早めに始めた方が良さそうだな」

「そうだな。そもそも、この難易度でたった八日しかないんだ。この世界の人間でもきついんじゃないか?」

「そうですね。計算問題は今日中に終わらせて、残りを証明問題に充てた方が良さそうです」

「いやいや、今日中は無理だろ」


 十次以上の行列式の計算や、複雑な複素積分の計算もある。どう考えても一日二日でできる量じゃない。

 証明問題にしてもそうだ。ぱっと見で解答の方針が立つ問題は十問くらいしかない。残りの二十問は、一問に丸一日かかったって不思議じゃないくらいだ。


 ……何か変だな。この課題、明らかに難しすぎる。こんなものを八日で全問正解できる人間が、そんなにいるとは思えないのだが……。


「そうだ、王様はどんな方法を用いても良いって言ってたな? もしかして、計算機コンピュータとかあるのか?」


 最初から、人力ではなく機械で解く想定なのかもしれない。電気すらないこの世界に、そんなものがあるとは思えないが……。

 案の定、イリハはキョトンとした。


「コンピュータってなんですか?」

「やっぱそうだよな……じゃあどうやって解くんだ?」

「こうするんだ」


 美法が指を振った。

 すると、俺達の間に、連立二階偏微分方程式が現れた。

 美法がもう一度指を振ると、方程式が次々と変形し、変数分離され、一般解が得られ、境界条件と初期値が代入され、最後に、この世界の数式でu(x,y)とv(x,y)が書かれた。


「求まったぞ」

「え、ちょ、ちょっと待て。いま何をした?」

「何って、魔法で計算しただけだが?」


 魔法で、計算を?


「国王の意図は、おそらくこうだ。前半で高度な計算魔法が使えるかどうかを確かめて、後半で数学的な処理能力を確かめる。その両方ができる人間を求めているんだろう」

「え、じゃあ、なんだ? この課題は、魔法を使えることが前提ってことか?」

「だろうな。なにしろ、封印魔法の改良のための試験なんだから」

「じゃあ、魔法が一切使えない俺は……」

「……」


 美法もイリハも、残念そうに俺から目を逸らした。


「ご愁傷様だな」

「初戦敗退となるかと……」

「ウソだろぉ!? この課題ができなきゃ、俺は元の世界に帰れないんだけど!?」


 ああ、せめてここに孝がいれば。パソコンを自作してるあいつなら、この世界でもコンピュータを作って……いや、さすがにそれは無理か。


「安心しろ、楯太郎。国王はどんな方法を使ってもいいと言った。ということは、私と協力しても良いってことだ。カンニングさせてやる」

「カンニングか……まぁ背に腹は変えられないか」


 俺の中の倫理観やプライドがチクチクするが、元の世界に帰るためには仕方がない。せめて、証明問題では美法の力になろう。


「イリハもそうするか?」


 美法の言葉に、イリハは力強く首を振った。


「いえ、私は自力でやります」

「ふぅん?」


 妙に力強い口調だった。倫理観やプライドとはまた違った、別の価値観から出た言葉に思えた。

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