第3話 城跡

 民家の横を通り角を曲がるとそこは木々に囲まれた登城坂。

 道標には「本丸まで七百米」と表示されている。

 道も石畳に変わり石垣と見晴らしの良さそうな公園がある。


「これは見事な道だね」


「でしょ。この一直線の石畳は藤坂と呼ばれ、お城の創築者の妻が輿入れの際に生まれ故郷の紀州から持ってきた藤の実を植え、大木に育てたとされるのが由来なのよ」


「へえ……」


 端正に並ぶ石畳、周りには高い木々が茂りそれが果てしなく続いている。

 真っ直ぐな道も終わり、急な勾配と曲がりくねった道が続く。


「こんな難所に城なんか作って、こりゃ昔の人は苦労しただろうな」


「そうね。大変だったわよ」


「? その言い方だとまるで体験してしってるみたいだね」


「ふふっ、そうね」


「平時ならともかく戦時は思い鎧を着てたんでしょ? 古人には脱帽だよ」


「祈明君もうバテたの? 運動不足じゃない? 昔はあんなにかっこよかったのに」


「何だよさっきから……昔って。それにバテてなんてないぞ!」


「はいはい。そういうことにしといてあげるわ」


 そう、バテているわけではない。むしろ活力が湧いてくる感じ。それが自然に囲まれたパワースポット的な要素なのか、それとも別の何かがあるのか分からない。



 

 段々と険しくなる坂道と増えてくる曲輪の石垣。昔はここに櫓があったのだろう。

 チクンと頭が痛む。

 だが、それは一瞬であり決して倒れるような痛みではない。


「大丈夫?」


「ああ、ちょっと頭痛がしただけだから」


「無理しないで、あそこで少し休も」


 少し開けた場所で腰を下ろす。

 眞白さんが水筒からお茶を出してくれたのでありがたく頂く。

 ふう。


「この場所、懐かしいね」


「そうだね」


 あれ? 俺、今……何でそう思った? 初めて来た場所のはずなのに……俺はこの場所を知っている?

 昔はここに井戸があった場所だ。


 看板があったので俺は思わず駆け寄った。


【霧ヶ井】看板には岩村城の別名『霧ヶ城』といわれるもとになった井戸とある。続きには敵が強襲したとき、井戸に秘蔵の蛇骨を投げ入れると忽ち霧が立ちこめ城を隠したという伝説があると示されている。


 お、俺はこれを知っている……? 

 これは伝説じゃない……

 だが、どうにもその先が思い出せない。


「落ち着いて、私はここにいるから」


「眞白さん、君は……何を知っているんだ? 俺に何を見せようとしているんだ? 君はいったい何なんだ? 何故俺に好意を寄せる?」


「……私は、かつてこの地で囚われていた娘。最初は敵として、でもあなたは私を助けてくれたの。そして恋に落ちた。それが私たちの前世」


「前世?」


「そう、今私が言えることはそれだけ」


 前世、そう言われて何故か納得がいった。

 フラッシュバックしたのは前世の記憶か……にわかに信じがたいが事実なのだろう。


「俺と眞白さんが前世でも恋人同士だったと。俺をここに連れてきたのも記憶を呼び起こすためだと、そう言いたいんだね」


「その通りよ。前世は前世として別の人生を歩むこともできたけど、私たちのカルマはそんなことを許さないの」

 

「その言い方だとまだ何か秘密がありそうなんだけど」


「そうね。私もまだ全部を思い出したわけじゃないから何ともいえないけど、私は今生を大事にしたいの。祈明君はこんな重い女……嫌い?」


「……ごめん。今はそれについて答えられない」


「そうだよね、ごめんね変なこと言って」


「あっ、そう意味じゃないから。眞白さんのことを大事にしたいと思うのは間違いないから。ただ、どうにも記憶が引っかかってね。何か大事なことを忘れているような気がして……」


「ゆっくりでいいから。一緒に歩んで行こ」


「ああ、そうだね」




 休憩を挟み再び山道を歩き出す。

 本格的に大きくなる曲輪群。


「私たちが生きた時代の後、この城郭の形になったそうよ」


「時代? それっていつ?」


 鎌倉時代からこの地に在った砦が、戦国時代~安土桃山時代に掛けて改築を繰り返し城になったはず。江戸時代に岩村藩になり明治の廃城令で城が解体され石垣が残ったはず。


「気になる? ふふっ、いつだともう? それはね―――」


「……そっか。それで納得がいったよ」


「それより本丸の跡地が見えてきたわよ」


 立派な石垣が並ぶ本丸。俺たちが登って来た山道とは別に車でも別ルートで来られるようだった。この時期、バイクでツーリング目的で来る人も大勢いた。

 邪道とは思わないが俺個人の感想と言えば、難攻不落の山城の壮大さがより肌で感じられる徒歩での散策をお勧めしたいものだ。


 現在も残る壮大なスケールの石垣が当時、ここが天嶮の地形を巧みに利用した要害堅固な山城だったことを感じさせる。


「どう? 綺麗な眺めでしょう」


 緑に染まった大地と六段の石垣を登るとそこは絶景のパノラマ。

 山頂部である本丸、奈良県の高取城、岡山県の備中松山城と並び、日本三大山城の一つであり、海抜717mに位置する本丸は諸藩の居城中最も高い位置にあったそうだ。

 

「ああ、苦労して登って来た甲斐あったよ」


 眼下には曲輪群が広がり、遠くの山々まで見渡せる絶景パノラマ。


「綺麗ね」


「あ、ああ……綺麗だ」


 眞白さんと一緒に眺める風景。

 だが、その景色よりも綺麗なものがそこにあった。


 初夏の日差しを背に佇む美しい眞白さんの横顔。風でなびく黒髪。

 色素の薄い肌が儚い雰囲気を醸し出し、俺の心を強く惹き付ける美少女。


蓮華れんげ……」


 俺はそう呟いた。


「呼んだ?」


「えっ!?」


 俺の呟きに反応する眞白さん。

 蓮華……どうして彼女のことをそう呼んだのか。

 そして、その呼び名に返事する眞白さん。


 それは即ち。

 

「私は眞白であり蓮華、そして……」


 蓮華、眞白さんの前世。 俺が愛した人の名前。

 そして……俺が殺した人の名前。


「眞白さん、いや蓮華……俺は……」


 彼女のことを想うと胸が苦しくなる。

 俺はどうすればいい? 

 俺はどう彼女に接すればいい?


「もう、そんな顔しないの。私たちは今生きてる。それでいいじゃない」


「しかし……俺は……」


「そうね。なら、私を抱き締めて……そしたら許してあげる」


「眞白……」


 俺は迷わなかった。

 眞白さんを強く抱きしめた。


「昌繫……逢いたかった」


「ごめん……君を助けられなかった」


「もういいよ。あのときは、ああするしかなかったんだから」


 想いをぶつけるように彼女を抱きしめる。

 彼女もその想いを汲み取り、俺の抱擁に身を委ねる。


「あらまぁ、良いわねぇ」


 その言葉で我に返る。

 言葉の先には一組の老夫婦がいた。


 ここは観光スポットであり、老夫婦の他にも数人の観光客がいる。

 途端に恥ずかしくなり離れる二人。


「遠慮しなくてもいいのに」

「これは別嬪さんだのう」

「ほんにお人形さんみたいね。お兄さんや大事にしなされや」

「邪魔しちゃ悪いしわしらは退散するかのう」


 顔を真っ赤にした眞白さん。

 俺もめっちゃ恥ずかしいです。

 人目のない神社とは違い、ここは観光地。当然人目に付く。

 ツーリングに来たおじさんたちもチラチラと俺たち、いや眞白さんを見ている。


 俺たちは慌ててその場を離れたのだった。


「ああもう恥ずかしかった」


「ええっ!? クラスメイトの前でキスしてきた眞白さんがそれ言う?」


「やっ、アレはちょっと我慢できなくて……その……」


 慌てふためく眞白さん。いつもクールな彼女の意外な一面。

 それほど俺のことを、そう思うとちょっと嬉しくなる。

 そして、お互いに笑い合った。



 ここ岩村城は織田信長が武田軍に勝利して奪還し、居城にしたこともある地でもある。信長はここで武田家滅亡の一報を受けたとされる。

 その八十日後、信長は京都本能寺にて配下の明智光秀の謀反に遭い自刃。その生涯を終えたとされている。


 『歴史にたられば』は禁句とされるが

 もし、武田軍が岩村城に攻め入らなかったら。

 もし、長篠の戦で武田軍が勝利していたら。

 もし、織田軍に包囲される前に逃げていたら。


 そんな無駄なことを考えてしまう。

 折しも俺たちの生死に係わった織田と武田が共に滅びたのは何とも言い難い。


 

 人気のない場所を探して眞白さんのお弁当を食べようとしたときだった。

 周囲の木々がざわつき、異様な気配が立ち込め寒気がする。


「な、なにっ!?」


 眞白さんもその気配を感じ取ったようで俺のシャツを摘まんでくる。

 俺も心配そうな顔をする彼女を庇うように気配する方向に立ち塞がる。


 禍々しい気配を放つ存在。

 それは普通の霊体とは違い、確実に人々に害をもたらす存在。

あやかし、または妖魔。


 幼少の時から今まで生きてきた中で、これほどの力を持つ存在に出会ったのは初めてだった。


「ヒヒヒ……見つけましたよ」


 妖が言葉を発した。その言葉はおどろおどろしく声だけで体が萎縮ししてしまう。

 その時だった。


 俺と眞白さんの重なる影が体の下から伸びて大きな獣の形になった。

 その獣の影からさらに影が伸びる。


「ぐあああぁぁぁぁぁっ!!」


 影が妖に食らいつく。

 それは凄まじい力だった。

 恐ろしい妖が影に食われていく。


 辺りは静けさを取り戻す。

 その影が今度は俺たちに向く。

 俺の背に隠れる眞白さんは恐怖で震えている。


 俺はこの影の正体を知っている?

 そう思った瞬間。

 突如、激しい耳鳴りと頭痛が俺を襲い俺は意識を手放した。 

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