第2話 デート
温もりに抱かれまどろんでいた。
心地よい春の風が穏やかに感じる。
それに何やら居心地がいい。ずっとこの居心地に抱かれていたい。
誰かにそっと髪を撫でられた。
でも、嫌じゃない。なんだか安心する。
このまままどろんでいたい。ぼんやりと瞳に映るのは長い髪の輪郭。
「起きた?」
……えっ!?
透き通った綺麗な声。
次第にはっきりしてくる意識と視界。
視界にあるのは、綺麗なサラサラの黒髪と整った顔立ち、長いまつ毛に吸い込まれそうな瞳、潤った悩ましい唇。見とれるほど美しい。
俺を見下ろしているのは
何故見下ろされている? それに頭の後ろが柔らかい。
………
何をされているのか理解するのに時間は掛からなかった。
眞白さんの指が頭に触れ、撫でられる。
「突然倒れて心配してたんだよ」
「倒れた?」
そうだ俺はあのとき勾玉に触れて、頭痛に襲われたんだ。
俺の手には件の勾玉が握られている。
「もう大丈夫? 意識ははっきりしてる?」
「……うん。ごめん心配かけちゃったね」
「そうね。でも可愛い寝顔みれて得しちゃったかな。あなたはいつになっても変わらないのね」
「なっ! それはどういう意味?」
「さあ、どうでしょう。ふふふっ」
頭の後ろの温もりと柔らかさがもったいないが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
ゆっくりと上半身を起こす。
「もういいの?」
「名残惜しいけど、流石に恥ずかしいから……」
「あなたが望むなら何時でもしてあげるわよ」
瞳が交差して否応なしに彼女を意識してしまう。
嬉しいやら恥ずかしいやら、だが次の瞬間―――俺の頬を流れる涙。
何故だか分からないけど、彼女が……眞白さんがとても愛おしく感じてしまう。何だこの感情は?
彼女のことを想うと、何か胸が締め付けられるような、泣きたくなるような、そんなよく分からない感覚に陥ってしまう。
「
無意識に彼女を抱き締める。
彼女も俺の頭をそっと撫でてくれる。
……どれくらいこうしていただろうか。
夕焼けで雲がオレンジ色に染まってきている。
俺の気持ちも落ち着いてきた。
彼女の吐息も心臓の鼓動もゆっくりと感じ取れる。
「何か思い出した?」
「……思い出す? この勾玉思い出の品なの? そもそろ眞白さんと俺って、今まで接点なかったよね? それともどこかで会ったことあるのかな? 子供の頃? ごめんね何も覚えてないや」
「ううん。そういうのじゃないの
……でも、確信したわ。焦らず思い出してくれればそれでいいの」
「確信? 意味が分からないのだけど」
「ふふっ、それは秘密。ねえ、明日デートしよ」
「で、でででで、デートぉぉぉっ!?」
当たり前だがデートなどしたことがない。落ち着いてきた気持ちとは別の感情がプラスされ慌てふためく。
デート、交際中の二人が恋愛的な展開を期待して会うこと。こうして二人でいる瞬間も傍から見たらデートしているように見えることだろう。
ベンチで抱き合ってたらリア充爆発しろ、と非難されるかもしれない。しかも相手はあの眞白さんである。嫉妬と羨望の念を向けられるのは間違いない。
「心配しなくても大丈夫よ。デートといっても着飾ってどこかに行こうってわけじゃないから。行きたいところはね、岩村城なの」
【岩村城】日本三大山城の一つであり、別名「霧ヶ城」とも呼ばれ戦国時代、織田と武田軍の戦いの場となった場所。武田軍の侵攻の際、織田信長の叔母にあたる女性(おつやの方)が城主として城を守ったが、城はあえなく陥落。女城主は武田軍の将と婚姻する条件で降伏、その後の織田軍の反撃で城は奪還されたものの、武田軍の将と妻になったおつやの方は処刑されたと伝わる悲哀の物語が残る城。
現在は城跡公園として整備されているが、本丸のあった場所までは山を登らないといけない。
「だから山道に相応しい服装してきてね」
相変わらず有無を言わせなず、待ち合わせの場所と時間を決められてしまう。まあいいんだけどね、あそこなら同級生には会わないだろうし、眞白さんみたいな綺麗な女の子とデートできるなんて嬉しくないはずがない。
彼女は俺のことを知っている様子だが、俺は彼女についてあまり知らない。知っているのは名前くらい。趣味も好きな物も知らない。
しかし、心の奥底にある切ない想い……俺に何かを思い出してほしくてデートに誘っているのだろう。俺もそれを知りたい。もっと彼女を知りたい。そう思わずにはいられなかった。
◆
恵茉駅からは在来線とは別にローカル鉄道が出ている。
目的の岩村城に行くにはこの鉄道に乗る必要がある。美しい恵茉の自然の中を走るマニアお勧めのローカル鉄道。
情緒あふれるローカル列車に乗り込み、ゆっくり進む列車に揺られるとすぐに自然の中に突入する。
美しい緑の自然に囲まれた列車は、鉄道愛好家にもお馴染みの駅に到着する。なんでも日本で最も勾配が急な場所にある駅らしい。
そこからさらに列車が進むと、車窓からは長閑な田園風景が広がってくる。のどかな景観は日本一の農村風景に指定されるほどである。
極楽な田園風景と特徴的な駅を過ぎると次は目的地の岩村駅。
今まで無人駅だったが、ここは観光地らしく有人駅だった。
レトロな駅を出るとそこで待っていた女性に心奪われる。
陽光の中、先ほど見た景色が霞んで見えるほど美しい女性、眞白さんだ。
パーカを羽織りトップスは魅惑的に膨らみ、ショートパンツにこれまた悩ましいレギンス姿にスニーカー、それだけではない。今日の彼女は学校見られないような魔性を有している。
観光客の誰もが彼女を見て立ち止まり見とれている。
天使だ、天使が降臨したと聞こえてくる。
「おはよ祈明君。いい天気で良かったね」
「う、うん……」
人目を惹き付けるのはスタイルだけじゃない。それは化粧だ。学校ではしないような化粧。ほんのりラメの入ったアイシャドウ、ふんわりとした薄付きのチーク、ぷるんとした唇には鮮やかな紅がさしてある。
元の素材を最大限に活かした絶妙なメイク、高校生の少女を一人の魅力的な女性に仕上げる現代の魔法。
「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」
「あ、いや……あまりに眞白さんが綺麗で、見とれてしまって……」
「ありがと。どうこの格好かわいい?」
「制服姿と違って何というか……かわいいと思う。ご、ごめんこんなことしか言えなくて……わりい、眞白さん見てたら体が熱くなってきた」
「その言い方相変わらずだね。ふふっ、じゃあいこっか」
「う、うん……」
「岩村は私の地元だから案内してあげるね」
当たり前のように彼女から手を繋いでくる。
やばっ……今日の眞白さん、めっちゃイイ匂いする。
隣を歩く彼女の横顔にドキドキしっぱなしである。特に唇が……昨日、キスしたんだよな? 今日はキスできるのだろうか? やばいやばい、そんなことばかり考えてちゃだめだ。
【岩村城下町】現在でも歴史的・文化的なたたずまい・町並みが残る歴史ある城下町。過去には連続テレビ小説の舞台にもなったこともある。
時代劇を思わせる古い町並みがまるで江戸時代にタイムスリップしたかのように感じさせる。
そんなレトロな街並みを眞白さんと連れ立って歩く。
「祈明君、女城主の話知ってる?」
「あまり詳しくは知らないけど、信長の叔母で城主の妻だったおつやの方だよね」
「そう、激しい戦乱の波に翻弄され、最期は信長によって磔の刑にされ非業の死を遂げた女性。この街並みになる店の軒先に揺れる青いのれんには、女城主にちなんで、それぞれの家の奥さんや娘の名前が刻まれているのよ」
「へえ、そうなんだ……」
真っ青に染められたのれんには、白抜きで確かに名前が書かれている。
「眞白さんの家にもあるの?」
「残念ながら私の家はちょっと特殊だから、そういうのないかな」
悲しそうに影を落とす。しまった地雷踏んだかも……。
「あ、ほらほら五平餅売ってるよ。俺好きなんだよね、眞白さんは?」
「私も好きよ」
「じゃあ眞白さんお勧めの店は?」
「食べ歩きもいいけど実はね、お弁当作って来たからお昼は城跡で食べよ。私なんかのお弁当食べたくないってんならいいけど」
「お弁当って、もしかして手作り?」
こくんと頷く眞白さん。
背中のリュックには眞白さんの手作り弁当が?
「マジ? じゃあ今すぐ行こう! 善は急げだよ!」
400年の歴史ある城下町よりかわいい彼女の手作り弁当が勝る。
「馬鹿ね。お弁当は逃げないわよ」
「だって眞白さんのお弁当だよ? クラスの男子だったら玉子焼き一つで争奪戦が起こるよ」
「もう、なあにその例え?」
「いやマジだから、眞白さんは自覚なさすぎ」
よかった眞白さん笑ってくれた。でも、マジで彼女の手作り弁当かぁ……楽しみすぎる。
街中を抜け勾配を登るとお城のような建物が見えてくる。
「あれが岩村城?」
「違うわ。あれは復元された藩主邸と歴史資料館よ。その先に細い道が城跡への道なの」
眞白さんの指差す先、確かに趣のある気配が漂う道があった。
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