貴方と私の絆 ~悠久の記憶~

たぬきねこ

第一章 現代編①

第1話 告白

 授業終了の鐘。

 世界的流行となった新型コロナウイルス感染症も鳴りを潜め、季節性インフルエンザが流行している昨今も、放課後の解放感はたまらない。

 ―――はずだった。


「お前ら、週末だからって浮かれるな。あと課題の提出忘れるなよー」


 担任の先生の声が教室に行き渡る。

 だが、はたしてその言葉を何人の生徒が聞いていたのだろうか。

 真面目な生徒ですらこれから起きることを期待してそわそわしている。

 ホームルームも終わり、皆がそれぞれ席を立つ。


 や、やばい……メチャクチャ緊張してきた。

 俺――赤星あかほし祈明いのあは昼間の出来事を思い出す。




  ◆


 岐阜県立恵茉えま高等学校、俺の通っている高校。偏差値は結構高い。俺はその恵茉高の2年生。


 友達とアホなおしゃべりをしてスマホを弄るいつもと変わらない日常の一コマである昼休み。

 友達のいない俺はスマホを眺めるだけ。

 だが、その日の昼休みはいつもの日常とは少し……いや、かなり違っていた。


「ねえ、赤星君……私と付き合って」


「へっ!?」


 突然話しかけてきたのは一人の女の子。


「逢羽さん!?」


 話しかけたきた女子の名前は、逢羽あいば眞白ましろ

 クラスメイトで学級委員長、綺麗で可愛くて成績優秀、長い艶やかな黒髪の似合うお淑やかな学年一、いや学校一の美少女と言っても過言ではない美少女。

 父親はどこぞの会社のお偉いさんだとかで「お嬢様」なんて言葉は彼女のためにあるようなものだろう。

 男子生徒の憧れの的である彼女が俺に何の用だ? つか今なんて言った?


「返事は?」


「えっ? ちょっと待って何が?」


「……だから、赤星君……私と付き合って」


 無表情の綺麗な顔でそう告げる逢羽さん。

 その言葉と同時にクラス中がざわめく。


「はっ!? 付き合う……?」


 自分でも間抜けな反応だと思う。

 逢羽さんの言葉が理解できず思考がバグる。

 付き合うってなに? 

 も、もしかして……逢羽さんって俺のことが好きなの? 付き合うって……恋人同士となって交際するってこと? 

 なわけないよな。

 現実を見ようぜ、逢羽さんと俺とじゃ月とスッポンだぜ? あり得ないって。


「ねえ、返事は?」


「は、はい……俺で良ければ、よろこんで」


「よかった。じゃあ私たちこれでカップルね」


 ざわめきが加速しどよめきに変わる。 


 訳が分からないまま、勢いで返事してしまった俺。その言葉で安堵したのか逢羽さんは小さく微笑み、ホッと胸を撫で下ろす。

 普段感情を見せないクールビューティーな逢羽さんの笑顔、ヤバい! 何だこの笑顔……めっちゃかわいい!


「か、カップル!? 誰と誰が!?」


「んもう、そんなの私とあなたに決まってるでしょう」


「へ!?」


 むにゅん。突然、腕に抱きつく逢羽さん。

 教室に燃料が投下された瞬間だった。

 女子たちの黄色い「キャー」という声。

 男子たちの怒号と嫉妬に満ち溢れた声。

 致死量を超えた視線が俺たちに降り注ぐ。


 これほどの視線に晒された経験は今までなかった。

 それよりもだ。見つめられるだけでもドキドキしてしまうような美少女に抱きつかれているこの状況。なんだこれ?

 腕が幸せに包まれている。


「あ、あの……逢羽さん」


「なあに?」


「う、嬉しいけど……ちょっと恥ずかしいです……そ、その……当たってるから」


 逢羽さんは俺の視線と意見を理解すると―――にやりと、もの凄く意地の悪そうな笑みを浮かべ。ぐにゅん。と、さらに自分の胸を押し付けてくる。


「逢羽なんて苗字じゃなくて、恋人らしく『眞白』って下の名前で呼んでくれたら離してあげますよ」


 耳元で小悪魔のように囁かれる甘い声と暖かい吐息。

 

 か、かわいい……っ。憧れの女の子に積極的に迫られ、しかも名前呼びを強要されている。

 恥ずかしさと嬉しさが俺を襲う。

 たじたじになった俺をよそにクラスメイトが逢羽さんに詰め寄る。


「眞白ちゃん本気なの?」

「嘘だよね。だって今までそんなそぶりもなかったよね?」

「マジ? なんで赤月のような陰キャなんだよ」

「嘘だと言ってくれぇぇぇぇ!!」

「ガードの固い眞白ちゃんが突然どうしちゃったの? しかも、なんで赤月君なの?」

「ドッキリ? それともなんか変な物でも食べた?」


 質問攻めに遭う逢羽さん。

 押しかけるクラスメイトにたじろぐ俺。

 流石に逢羽さんも腕を離してくれると思ったそのとき、グイッと制服の袖を掴み引っ張られた。


 それは一瞬だった。

 首に手を回し、その後にやってきた柔らかい唇の感触。


「~~~~~~~~っ!!!」


 衆目を驚かす突然の出来事に、クラスメイトたちが絶句する。

 だが、この場で一番動揺しているのは、突然告白され口付けされた俺自身だった。


 唇が重なり合った瞬間、逢羽さんの瞳がそっと閉じられる。

 俺は訳も分からず、されるがまま唇を重ね続けた。

 動揺し思考が停止した俺には、それがどれくらいの時間だったか分からない。

 一瞬だったのかもしれないし、数秒かもしれない。ただ感覚的には長く続いたように感じたのは間違いない。


 やがて首に回された手の力がゆっくりと緩み、重なっていた唇が離れていく。


「と、いうことですので皆さま。私たちを祝福してくださいね」


 妖艶に微笑む逢羽さん。彼女ってこんなキャラだっけ? もっとこう、クールでミステリアスな感じだったはず……それが一体どうなったらこうなるのか。

 唇に残る柔らかな感触。女の子の唇ってあんなに柔らかいんだ……マジで俺と逢羽さんがキス? 生まれて初めてのキス、しかも男子生徒の憧れの逢羽さんと。一生縁のないような美人とのキス、こんな幸運があっていいのだろうか? 一生分の運を使い果たした? それはそれでいいのだけど……。

 赤く染まった美しい顔、そんな逢羽さんの顔を見て俺の身体が少し熱くなっているのを感じた。

 



 昼休みの教室で起こったことは噂となり直ぐに全校に広まった。

 学校でもトップクラスの美少女の暴走。彼女に告白して振られた男子は数知れず。男子にはショッキングな事件、女子にはスキャンダルとして噂が噂を呼び拡散されていったのだ。

 

 授業中も針の筵になった俺。

 当の本人である逢羽さんは、噂や視線など、どこ吹く風といった感じで普段通り、いや俺の視線に気付くとニコッと微笑んでくれる。

 俺の胸が破裂しそうなくらい心臓が早鐘を鳴らしている。

 同時に男子からのやっかみ、これは正直かなりきつい。

 本来なら逢羽さんのような綺麗な女の子に告白されたら有頂天になるだろう。だが、周りがそれを許してくれない。


 そもそもがなんで俺なんだ? 自慢じゃないが俺はモテたためしがない。女の子と付き合うどころか碌に話したこともない。もちろん、逢羽さんとも話したことはない。だからこそ不安な気持ちがこみ上げてくる。

 よくよく考えてみたら、あんなお嬢様と俺が付き合うなんて恐れ多い気がする。ハッキリ言って塩田さんのような上品なお嬢様は高根の花。

 俺みたいな陰キャとは住む世界が違いすぎるというか、美人過ぎて近寄りがたいというか、正直どう接していいのかサッパリ分からない。


 ホームルームが終わり、そのときがやってきた。


「祈明君、帰りましょ」


「う、うん……」


 眩しいくらいの笑顔。当然のように腕を回してくる彼女。

 ふっくらとしていて柔らかそうな唇をどうしても意識してしまう。

 噂のカップルを一目見ようと集まってくる群衆を堂々と無視して歩くのは、流石としか言いようがない。

 

 俺の家は駅の近くだが、逢羽さんは電車通学で帰る方向は一緒だった。

 駅まで徒歩15分。川沿いの道を手を繋いで歩く。

 めっちゃ緊張する。傍から見たらやっぱりカップルに見えるのだろうか?

 女の子と下校とか小学校以来だよ。手汗とか大丈夫かな。キモイとか思われてないだろうか? 

 

「あ、あのう……逢羽さん」


「眞白よ。ま・し・ろ」


 名前呼びとか超ハードル高いんですけど。逢羽さんは名前で呼べと圧力をかけてくる。

 その顔で迫られると断れない。


「……眞白さん」


「さんもいらないけど、まあいいわ。それでどうしたの?」


「あ、うん。どうして俺なのかなって……だって、俺たち今まで接点なかったでしょ?」


「そうね。それについては大事な話があるの」


「大事な話?」


「そう、歩きながらも何だし、こっち来て」


 彼女に連れられてきたのは川沿いから少し離れた所にある神社。

【七神神社】小さな神社だが350年の伝統を誇り、お正月の七日に開催される例祭は多くの人で賑わう地元民に愛された神社だ。

 

 敷地内には遊具が設置されており、その側のベンチに並んで座る。


「さっきの道のアレ、やっぱり祈明君も見えてるんだね」


「えっ!? アレって?」


 俺はその言葉でドキリとした。

 彼女の言うアレとはもしかして霊体のことだろうか? 

 俺には不思議な力があり、幼い頃から人には見えないモノが見えていた。霊感と普通なら言うのだろうが、俺のソレは人とちょっと違っていた。

 はっきり霊も見えるし会話もできる。霊体にも様々な霊がいて害のない霊から悪霊まで様々である。霊体は基本こっちから何もしなければ相手も何もしてこない。それが分からなかった幼少期は苦労したものだ。

 その力のせいで両親も怖がる始末。だから俺はその力を隠し今まで生活してきた。お陰で友達もできないのだが。

 

 今回も道端に蹲る霊体をなるべく刺激しないように避けて通ったのだが、もしや彼女にも霊体が見えていた? 

 彼女は祈明君と言った。つまりは……。

 

「隠さなくていいよ。実は私にもアレの存在見えてるから」


「やっぱり……眞白さん。キミはいったい……」


「私の家、逢羽家は代々異能の力を持った娘が生まれる家らしいの」


「異能の力?」


「そう。私の先祖は犬神筋に当たるらしくてね。そのせいなのかな? 私にも霊が見えるのよ」


「犬神筋ってことは眞白さんにも何か憑いてるの?」


 犬神、憑きもの筋……古来から狐などの動物霊が憑依・使役していると信じられており『憑く』とされた家系から嫁を貰うと『憑きもの』も一緒についてきて、嫁ぎ先に災いをもたらすともいわれ忌み嫌われていることが多い。


「どうなのかな? そこは分からないのよ。でも、何かに守られている気はするし……多分だけど憑いてると思うの。祈明君は何か感じる?」


「……う、ううん。何か、靄のようなものが掛かっていて分かんない。ごめんね」


「気にしないでいいよ。それより見てもらいたい物があるの」


 制服の胸元をおもむろに開ける眞白さん。

 

「ちょっ! 眞白さん!?」


 目の前にある胸元、大きい……。見てはいけないと理性は訴えているのだが、どうにも目が離せない。


「エッチどこ見てるの?」


「ご、ごめん……」


「ふふっ、冗談よ。それよりもこれ見て何か思わない?」


「勾玉の首飾り? 綺麗な色だね」


「他には何か感じない? 懐かしいとか」


 そう言われてもなぁ。美しい翡翠の勾玉としか……。


「手に取ってみて」


「う、うん」


 眞白さんから首飾りを受け取った瞬間、激しい頭痛が俺を襲った。

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