勲章

「それはですね。えっと、あの子の子供っぽい理屈なんですけど……今も本当に子供なんですけど……」


 あ、いけない。

 いつもの癖でクーガーを“あの子”呼ばわりしてしまったけど“殿下”とか敬称つけるべきなんだろうか?


 いや、今更か。

 それに王家のお二方も気にしてないようだし。


「……クーガーはスカルペアが大流行した時、本当に怖かったと言うんですよ。避け方がわからないって」

「ああ」


 そこまで言うと、ルティス殿下が納得の声を漏らした。

 今回のことでクーガーの特異性をわかってしまえば、クーガーの怯え方には独りよがりだけど、理屈があることに気付いてしまうのも仕方がない。


 そんな殿下の反応に、少しだけ安堵して私は先を続ける。


「それでその時、私はちょっと自棄になっておりまして。母上が……その……ですね」

「うん、それはわかる気がするよ」


 殿下のフォローは助かるわ。


「それで、この頃には『一度、スカルペアを克服したものはもう罹らない』なんて話がありましたので――」

「それは結局正しかったよね?」

「はい。まぁ、それでその時の私は怯えるぐらいなら罹ってやると……」


 殿下が息を呑んだことが伝わってくる。

 ああ、妃殿下も羽扇で顔を御隠しになった。


 ええ、そうです。私の傷跡は自業自得です。重症者が隔離されてる場所に赴いて、それだけではやることが無かったので、


 ――「スカルペアなんかに負けるかーー!!」


 とやったのよね。


 それがまぁ、スカルペア罹患者たちへの励ましになったらしくて。

 で、私は右目にこういう傷跡が付いたけど、他は異常がなかったから、


 ――「ほら! 死なない!!」


 なんて言って強がったのよ。子供の頃だし、傷跡が貴族令嬢としては致命的になるとは気付いてなかったし、やっぱり自棄になってたし。


 ただそれを、民たちは良いように受け取ってくれたみたいなのよ。

 で、その最たる者が、


「なるほど。そこでクーガーから尊敬を捧げられるようになったと」

「というか、勝った負けたの判断基準しかないあの子は『自分は怯えるばかりだったスカルペアに、隣の領の女の子は勝った! 凄い!』となって、それが今でも続いてるだけですよ。その内、気が付くと思ったんですけど……」


 自分の婚約者の顔には酷い傷跡があるってことを。

 自分には釣り合わないって事を。


 クーガーの特異性は説明できないけれど、とんでもない人になるのはわかり切っていたから、私はさっさと婚約破棄したかった。

 どうせ他に嫁ぎ先も出てこないだろうから「ラティオ」を作ったりとかしてたんだけど……


「それで、クーガーはあなたの傷は知ってるんでしょう? それについては何と言っているの?」


 私の説明を遮る形で、妃殿下がそんなことを尋ねてきた。

 うう、どうしようか。


 出来れば、言わないで済ませたかったけど、下問されたし……


「……その……『勲章』です」


 私は恥ずかしさをこらえて、そう答えてしまった。


「勲章?」

「……ええ、スカルペアと戦って付いた名誉の負傷だって。だからそれは『勲章』だから……その――」


 まぁ、そんな感じだ。うん。


「ははぁ、よくわかったよ。君たち二人の関係は」


 不意にルティス殿下が声を上げる。

 その声には、口ぶりとは違って揶揄するような響きがなかった。


 何だか眩しそうに目を細めておられるけど?

 妃殿下まで?


「母上。これでよろしいのでは? 疑問は無くなったわけですし。そろそろ……」


 そして殿下は、頃合いを見計らってくれた。

 確かにこれ以上続けられたら、恥ずかしさで命の危機を感じるわ。


 だけど妃殿下は、いきなり慌てだした。

 そして羽扇で、私に近くに来るように示す。


 え? この上なに?


 それでも無視はできないので、私が近付いてさらに羽扇の影に潜むように顔を妃殿下に近づける。

 内緒話に……する必要があるって事?


 妃殿下は内緒話に相応しく声を潜めて、こう尋ねてこられた。


「あなた……『ラティオ』の主宰なのよね?」


 はい?


 あ、はっきりとわかるわ。

 私、今。棒を飲み込んでいるって。


 そんな風に呆気に取られていると、妃殿下はさらに驚くべきことを下問された。


「――パテット・アムニズの新作はまだなのかしら?」


 と。


 ああ、妃殿下もそういう趣味がおありになったのね。まさかの同好の士だったとは。それに趣味も良いじゃない。

 パテット・アムニズに目をつけるなんて。


 もしかして、この場に乗り込んできたのって、これが最大目標?


 う、笑い出してしまいそうだわ。


 私は少しだけを顔をそらして、笑いを嚙み殺しながら、鹿爪らしい表情を作ると厳かに答える。


「――本来なら作家を急き立てるのは自分で禁止しているのですけど、妃殿下の思し召しなら仕方ありません。それとなく催促してみましょう」

「頼むわ」

「ええ。私もパテット・アムニズの新作読みたいですから。妃殿下の威光を借り受けます」


 そう私が告げると、妃殿下はパァっと顔を綻ばせた。

 何とも可愛らしい。


 ――とにかくこれで、王家からの尋問は終わりそうね。

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