左遷とは少し違う

 その驚きの人事――なのだろうか?――の理由を殿下は続けて説明してくれた。

 何となく、と言うか完全に言い訳じみていたけど。


 まずアハティンサル地方はアハティンサル領となる。この辺りは慣例通り。

 そして、アハティンサル領を貰って嬉しい貴族がいないので王家直轄領となる。これも慣例通り。アハティンサル領は帝国と取り合いというか押し付け合いをしていたので、割譲に際して慣例というものが出来上がっているらしい。


 だから代官が任地に向かうことも慣例通りではあるのだけど、王家の者が向かうのは異例ではあるらしい。いや、これも微妙らしく……


「つまりクーガー君は王家の者としては教育が足りない、と。そういう名目でアハティンサル領で修行させるから今回の話は無しで、と、こういう段取りになっている」


 つまりその修業が終わるまでは、クーガーを王家の一員としては認めない。

 それで神聖国からの問い合わせに対処しようと、そういう深謀遠慮。ただひたすらにこすっからいように私には思えたが、政治とはこういうものかもしれない。


 ただそこで気になるのは――


「クーガー……ああ、まだ『殿下』はいらないんですね。クーガーがよく承知しましたね?」


 私は思い切って殿下に尋ねてみる。

 かなり、ざっくばらんになったのは仕方が無いだろう。だって随分無茶なことを言われて、それを納得しろなんて言われてるし。


 ……そばにアウローラがいたら、丸眼鏡を光らせながら睨まれているに違いないわ。


 私が殿下に聞き返しながらも、そんな風に私の意識がそれたのが悪いのか。

 それともそれも殿下に見透かされていたのか。


「ラナススイーレ嬢。クーガー君はあなたが一緒なら構わないと。そして、二人は貴族だからね。せめて婚約という事にしておかないと」


 そんなことをしれっと言われてしまった。


 その申し出は……私にとっては予想外では無かった。

 元鞘に収まるように言われることも想定の範囲内ではあるのだ。


 それに加えてクーガーの抑え役として私が選ばれる可能性も考えてはいたんだけど、まさか複合技で来るとは……


 私がそういう反応を見せることも殿下はお見通しだったのだろう。

 殿下はすかさず、想定外にこんなことを言い出した。


「それに君も危険視されているからね。なにせあのクーガー君を抑えられるんだから。逆に言うと君が抑えるのをやめるとクーガー君は何をやらかすのか――現時点では、神聖国がより深刻に考えているのはこっちだね」


 は!? 私!?


「やっぱり、それは考えてなかったんだね。クーガー君との婚儀は具体的になってなかったから、それについては神聖国もさほどこだわりが無かったんだよ。ただすぐ隣に君とクーガー君がいることは怖いみたいでね」


 う、ぐ……と一言も言えなくなった私。

 確かにクーガーの“おかしさ”をあてにして、私が「神聖国を滅ぼしたい」と考えない、という保証は出来ない。


「そんなわけで、君とクーガー君には東側に行ってもっらった方が、色々助かるんだよ。平和が一番だからね」


 いけしゃあしゃと殿下は、そんなことを言い放った。

 絶対「平和」とかなんとか言える人では無いと思うんだけど、


「平和の間に力を蓄えよう」


 と、付け足すものだから、何となく納得してしまった。

 納得するという事は、つまり私もアハティンサル領に行くことを了承するという事。


 でもそれなら、いただけるものはいただいておこう。

 アハティンサル領に行く前に金をむしり取ってやる!


              ~・~


 ……みたいに決意を固めた結果、私は自分好みの食べ物を要求し、お酒を我慢して、殿下からはおべんちゃらを受けまくっているという状態になったという事である。


 だって、お金の話なんだもん。

 ルースティグ家の血が騒ぐというか。そんな風に思い込もうとしているだけなのかもしれないけど。


 とにかく交渉の結果、


 ――イラッハ伯が払った身代金は全部アハティンサル領に回す。

 ――それとは別に、私、というかルースティグ家に対しても見舞金を改めて。

 ――クーガーにも特別手当を。


 は、了承させた。

 私はそれを交渉の結果勝ち取ったように思ったけど、もしかしたら、これぐらいは渡すつもりだったのかもしれない。


 根拠はないんだけど、そんな気がするのよね……


 そんな風に感じていると、それを裏付けるように、


「それでは、用事は終わったのね? もう私から話しても良いわね?」


 なんて妃殿下から声が上がった。


 あ、何も言わないで何しに来たんだろうと思っていたけど、そういう約束があったのか。

 多分ルティス殿下の計画に妃殿下が乗っかってきたんだろう。


 そして殿下に言い含められて、ちゃんと我慢していたらしい。

 何か聞いていた為人と違う気が……あ、もしかしてこれもクーガーのせい?


「どうぞ母上。僕は終わりましたよ。スイーレ殿がお疲れでなければ、ですけど」

「大丈夫です。妃殿下は私に何かお話が?」


 どう考えても私が断れるはずがない。

 ここは改めて覚悟を決める。


 けれど私に何の話が……?


「そう……聞きたいことは他にあったんだけど、今までお話を聞かせてもらって興味が湧いてしまったわ。あのクーガーって子はどうしてあなたにこだわるのかしら?」


 ああ……それ聞いちゃいますか。

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