クーガーの行き先

 え~~と。残念ながら、現在も妃殿下がこの場におられる理由は判明してないのよね。


 流石離宮のテラスというわけで、そんなに狭くないから、正面から顔を突き合わせているような位置関係ではないことが幸いと言えるかもしれない。


 妃殿下は一番離宮に近いテーブル席で、優雅に羽扇で顔を隠しながら、何だか私の方を見てるんだけど、気にしなければ気にならない感じの距離感。


 妃殿下は流石に綺麗なドレス姿。使われている青い生地はどこから調達したのかわからないほどに綺麗に染められている。そして、あしらわれたレースは、あまりの繊細にレースだけで屋敷一つと交換できそう。


 幾重に重ねられたペンダントに、羽扇を掲げる指輪が午後の日差しを受けて煌めいているわ。ちゃんとテーブルに備え付けの日傘は仕事をしてるんだけどね。


 それに盛り上げられた金色の髪。それに、かんばせを飾るサークレットに嵌められたサファイアの大きい事。

 何か、それだけで王国は安泰って気分になるわね。


 ……まさかそれだけを訴えるためだけに、この場に現れたのかしら?


 実は妃殿下からは焼き菓子をいただいたのだけど、私さっきミスしてしまって。

 チーズを下さい。カリカリに焼いたのを、なんて別に注文してしまったから、きっと覚えは悪くなってるに違いない。


 ……だって甘いの嫌いなんだもの。

 ……お酒をリクエストしなかっただけ、自重は出来たと思うのよね。


 元々、何をしに現れたのかわからない妃殿下は、それ以降黙り込んでしまった。

 何故引き上げてくれないんだろう。


 思わずアウローラを探してしまいそうになるけど、王家のプライベートエリアだし、基本的に少し離れた場所で控えているから、如何ともしがたいのよ。


 そしてルティス殿下はまた別の席に腰掛けて、やっぱり別の席をあてがわれた私にあれこれと尋ねてくる。

 そこは予想通りではあったんだけど――


「……やはり、僕は新しい弟よりも君の能力を買いたいね。クンシランの動きをコントロールし、帝国の影まで気づいてしまった。これは戦略家として得難い資質があると僕は考えている」


 まただ。

 そんな風に私を誉めそやして、いったい殿下に何の得があるのだろう?


 ……いや、思い当たることが何もないと言えば嘘になるんだけど。


 それにこの場で聞かされたクーガーの扱い方のおかげで私にも明確な目的が見えてしまった。そのための駆け引きの一環と捉えれば、確かに殿下――というか王家に得はあるのよね。


                ~・~


 形が整って、それぞれにお茶が供されたところで、ようやく本題に入ることが出来た。そして、まずクーガーについての話になったわ。


 この順番になった理由は、私が色々と小細工をしていた動機を、殿下が兄上から聞いていたからだと思う。まずは私を安心させようという心遣いなのだろう。


 そうなのである。


 そうなるだろうなぁ、と漠然と期待を込めていたこの先の見通しについて、殿下から確約を貰ったのだ。


 ――クーガーは神聖国に行かせない。


 と。


「これはもう決定しているからね。クーガー君の無茶苦茶ぶりが本当の事だと知った者たちがそれに対して反対するはずがない」


 うんうん。

 それが狙いだったわけだから、これは素直に嬉しい。


 少しだけ妃殿下の様子を窺ってみたけれども、この時には動きが無かったように思う。クーガーの神聖国行きは、元々は妃殿下の発案だと聞かされていたんだけど。


 すでに納得済みなのかもしれない。

 何しろクーガーがやったことが私の想定を超えた無茶苦茶だったからね。あれが良い具合に妃殿下を恫喝してしまったのかもしれないわ。


 それでも私は、念のため確認してみた。

 妃殿下に阿る気持ちで。


「あの……クーガーが向こうに行ってもこっちに攻めてくるとは限らないとは思うんですが……」

「そうだね。君がいるからクーガー君は王国に牙を向くことはないのかもしれない」


 理由のせいで、素直に首肯できないけれど、やっぱりその可能性も検討していたのか。


「でもね。クーガー君が神聖国内のゴタゴタを収めるように使われると、それはそれで王国としては面白くないんだ」

「そうなんですか?」

「ああ、流石にそこまでは知らないのか。神聖国は今、旧教派と新教派がいがみ合っていてね。注意が王国から反れ気味なんだ」


 神聖国……そんなことになっていたのね。

 これはテイワスに伝えないと。いや引き上げるように言った方が良いのかも。


 それは後回しにするとして、神聖国がそんな状態ならそもそも王国を攻めてこない可能性が高いんじゃないかしら?


 それならクーガーが向こうに行っても、あまり問題では無いような気もするんだけど……


 私はその疑問を殿下に伝えてみた。

 すると殿下は笑いながら、こう答えてくれた。


「それはどうかな? クーガー君の力を知った神聖国――の旧教派だね。その旧教派がクーガー君を利用して戦果を獲得する。それで新教派に対して優位に立とうと思いついて……なんて、考え無しにやりそうだろ? 神聖国の無責任ぶりはルースティグ伯爵令嬢の君ならよくわかっているはずだ」


 ああ、それは確かに。

 神聖国は何をやり始めるのかわかったものではない。


 けれどこれではっきりした。やはり殿下は私の――私たちの事はちゃんと調査済みみたいね。

 兄上がどこまで話しているのかわからないけど、ルースティグ家と神聖国の軋轢は今更隠しようがないし。


「つまり、クーガー君は王国こちらに居てもらう。それは決定なんだが、もう一つ決定していることがあるんだ」

「あ、は、はい」


 私が神聖国への呪詛を心で並べている間に、殿下は話を先に進めてしまった。

 反射的に返事をしてしまったけど、それ私が聞くべき話なのかな? いやこれはいよいよ……


「――クーガー君にはアハティンサル地方に向かってもらう。立場的には王家の代官だね」


 ……はい?

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