ラクス湖の離宮へ

 予想はしていたけど。

 ついに来たわね、王家からの呼び出しが。私を名指しで。


 ついでだから「輪と零」出版フェアも行おうかと画策中だが……不敬罪になるのかしら? “ついで”ってあたりが。


 でも呼び出されたのは「湖の宮殿」という公的な場所では無いし、あくまで王家の個人的な客として招かれただけ。


 ラクス湖東岸から、わざわざはしけに乗って向かうトゥリパ島は完全に王家の私有地になっている。もちろんさほど大きくはないが、小さな集落なら丸々入るほどの広さはある。


 そんなトゥリパ島に建てられているのがメイプレ宮だ。

 私が呼び出されたのはこのメイプレ宮なので、自動的に私の立場も、王家のスタンスも窺えるってわけね。実に効率的だ。


 これだけを書いてしまうと王家はよほど贅沢をしているように思われるかもしれないけど、ラクス湖の東岸に建てられている「湖の宮殿」含めて、王家が私有地にしているのはかなり小さい範囲と言ってもいいだろう。


 何しろラクス湖が大きすぎるのだから。


 王国のほぼ中央に位置するラクス湖は、そのまま物流の中心でもある。

 湖岸をぐるりと回っていては、とんでもない日数がかかるところを、ラクス湖を水運として活用すれば、速やかに者と人が行き交うことが出来るのだから。


 ラクス湖はまさに王国の、というかこの地方の要だ。

 だからこそこの地を押さえた家が「王家」となるのよね。


 ……私も自分の国の歴史ぐらいはちゃんと学んであるから。


 本当にあれは恥ずかしかった。かといって、推理小説以外のものを改めて読もうとは思えないのよね。誰か歴史を扱った推理小説書いてくれないものかしら?


 「フールガー将軍殺人事件」とか……


「お嬢様、お飲み物を?」


 私の頬が赤くなったのを、目敏くアウローラが見つけたのだろう。

 本当、有能でイヤになるわ。


 で、実は私たちは今、トゥリパ島に向かうはしけに乗っているのよね。

 夏の日差しを防ぐために、アウローラは私をかばうように日傘を傾けてくれているけど……やっぱり暑い。


 湖を渡ってくる風は心地よいのだけど、やっぱり夏の強烈な日差しには負けてしまうわ。


 でも、この時期に「湖の宮殿」に行ったことが無かったから新線は新鮮。

 だからって二度目は無いかな。だからこそ、この機会に――あ、そうだった。


「『輪と零』の出版フェアでもやろうかと思って。好調だし、さらに煙に巻けるかと思って」

「はぁ、ではフローディスポーネ公爵領で、ですよね?」


 アウローラの確認に、私はゆっくりと頷きを返す。

 メイプレ宮に呼び出された事で、アウローラも同じ事を考えていたのかもしれない。


 ラクス湖の東側。さらにその東側に広がっているのがフローディスポーネ公爵領だ。私たちがルースティグ伯領からメイプレ宮に行こうとすれば、その公爵領を通ることになる。


 そして、その公爵領は「祝福された死体たち」の舞台でもあるのだ。

 推理小説好きとしては思わず興奮してしまう領なのである。


 さらに今回、ヴォミットとスパントの共著して「ラティオうち」が出版した「輪と零」の舞台でもあるのだ。

 公爵領はヴォミットの本拠地でもあるからね。


 もちろん肝心のトリック部分はクーメイニでの取材の結果だけど、ヴォミットがこだわった部分のモデルになったのは公爵領というわけ。

 そこで現実とトリックの齟齬が発生していて、それがまた話題になっている。


 私は整合性さえ保たれていれば、別に舞台を忠実に描写出来ていなくてはダメ、なんてことは言わないし、スパントの名前も出しているんだから、その点でも文句を言われる覚えはない。


 それに議論が白熱して「輪と零」が売れてくれるなら、それだけでもう万々歳だ。

 そこで「ラティオ」が自ら読者たちを混乱させようと考えたのが「出版フェア」という事である。


 あたかも公爵領だけが「輪と零」の舞台だと保証するかのように。


 何でも、


 ――「十年ぐらい前ならトリックと同じ現象が起きていたのでは?」


 との考察が今は熱いらしい。


 ヴォミットの書くものって、普通に古めかしい部分があるからね。

 そっちに引っ張られたんだろう。もしかしたら十年前なら本当に再現可能なのかもしれないし。


 確かヴォミットの別の小説と関連づけて考察してる連中もいたわね……どうもそれはクランナみたいな、文壇至上主義者のこじつけっぽいのよね。

 文壇の断末魔みたいな気がするし。


 もっともこれで文壇がとどめを刺されたという事は無くて、ヴォミットが「ラティオ」から出版したという事で勝利を収めた、みたいな状態になっているらしい。

 ……それならクランナを引き上げて欲しいんだけど。


 南方の動乱も治まり、王国全体の祝賀気分も「輪と零」の売り上げの助けになっている。それに内容が内容だから物流に皆の関心が向くようになって……やっぱり推理小説でものを知るのは正しい事なんだわ。


 私は決意を新たにして、アウローラに宣言する。


「そうよ。フローディスポーネ公爵領でもう一度ブームを推理小説ムーブを起こしてやるのよ。そのためにも王家のお墨付きが欲しいわね」

「……お嬢様。目的を見失いませんように」


 ああ、そうね。それは大事な事よね。

 えっと……目的って何だったっけ?

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