本当の戦後処理は内々に

「で、では……死罪に?」


 出席者の一人がそう呟いてしまった。

 ルティスの説明をなぞってゆくと、行きつく先は自然とそうなってしまう。


 だが、その声に対してルティスはゆっくりと首を横に振った。


「ここがまたややこしいところでしてね。僕の新しい弟がイラッハ伯を虜にしたのは、伯の配下の者がクンシランに協力しているという確証が恐らく成立していない頃だ。となると王家が無茶をした、と強弁もできるわけです」


 時系列を考えれば、確かにそういうことになる。


「これが広まってしまうと、南方だけでは無く王国中で貴族が不満の声を上げる可能性がある――いや、これを口実にできる。というわけで死罪は難しいでしょう。それに死罪まで行ってしまうとイラッハ伯爵家にも事実上介入することになりますから、これもまた貴族たちの不興を招く」

「では、放免……?」


 次にルティスの説明をなぞれば、やはりこういうことになる。

 今度はルティスは疲れたような笑みを浮かべた。


「それはありえませんよ。前後したとはいえ、よからぬ企みがあったことは確かなのですから。となると、伯自身の身代金とは別に、王国に対する賠償金の支払い。まずここは確実なところ」

「ほ、他にも?」


 罪科を金で補う。

 それはよくある話ではあるし、王家とイラッハ伯の間に事実上戦いがあったとするなら、身代金を払って自身の自由を買い戻すのもまたごく普通の対応である。


 ただそれを二つ重ねると、イラッハ伯の金銭的な負担がかなりの額になる。

 それでも命が永らえることが出来るなら。自由を獲得できるなら。


 ……と考えることも出来るのだが、イラッハ伯がそう考えるかはわからない。


 不満に思って再び陰謀を企まれては、元の木阿弥になりそうだと考えるのは、無茶な想像では無いだろう。

 だからこれ以上何かを要求するのは、危険なのでは? と出席者たちは考えたわけだ。


 だがルティスは構わず続ける。


「『平和維持費』とか名称はなんでもいいですが、上納金を定期的に収めさせます。恐らく伯はパラベウム街道への通行税を上げることで対応するでしょうね。そうすれば南方へ続く他の街道への利用者が増えることになります。この辺りのさじ加減はこれから調整が必要でしょう。具体的な金額とかね」


 そこまで一気に話して、ルティスは、ふぅ、と息をつく。

 他の出席者はその提案の内容よりも、ルティスの容態が気にかかったが、ルティスはまだ止まらなかった。


「……伯がその立場を失わないままに――お金は払ったとしてもだよ――相変わらず伯爵の地位にあるとすれば、帝国は対応に迷うよね。僕の狙いはそこにあるんだ。その間にこっちは掃除を進めよう」


 つまり帝国と繋がりのある者をあぶりだすという事なのだろう。

 そしてそれはもう始まっている。イラッハ伯を庇おうとしていた何名かは、この会議の出席者の記憶に新しいのだから。


 そこでようやくルティスの言葉は終わった。

 いや、会議自体も終わったと考える者が多かった。


 ルティスの提案をすべて受け入れるなら、戦後処理も何もかも方針が決まったようなものだからだ。

 あと細かいところは、それぞれの担当部門に――


「……ああ、これで終わったと思ってる? それは全然違うよ。一番の問題がさっぱり片付いてない」


 ルティスの疲労は確かなものなのだろう。

 “それなり”であった言葉遣いが、ざっくばらんになりつつある。


 いや、王太子としてはこの方が相応しいのかもしれないが……


「僕の新しい弟。これがどうにも厄介でね。僕も色々調べたんだけど、本当に一人でイラッハ伯を攫ってきたみたいなんだ。近侍に運ばせてはいたようだけど、それはどうでもいいし」

「そ、それは真実だったのですか……」


 呻き声と共に出席者が声を上げる。

 ルティスもその声に対して複雑な表情を浮かべた。


「どうもね……そういうことが出来るらしい、とかねがね不安というか危険視されていたきらいもある。そして実際それは本当だった。ぶっちゃけてしまうと僕の新しい弟を止める方法が思いつかない」


 出席者全員が棒でも飲み込んだような表情になる。

 

「こうなると当然、当初の予定通り神聖国に行ってもらうわけにはいかない。神聖国に大砲を差し上げるのよりもよっぽど悪いことになる」


 クーガーの異能が本物である以上、当然そういう判断になるのは必然だろう。


「それにね。僕の新しい弟はイラッハ伯に対する最高の抑止力になるんだ。イラッハ伯だけではないよ。僕の新しい弟と戦いたいなんて貴族はいるのかな? 僕はその戦意が想像もできないんだが……」


 それには誰もが大きく頷きを返すだけ。

 クーガーには誰も触れたくは無いだろう。


 そんな出席者の様子を見てルティスは苦笑を浮かべた。


「……実は扱いに困っているのは王家も同じことでね。あれこれ考えてはいるんだけど、こっちはこっちで難物なのでね」

「こっち……ですか?」


 不思議なルティスの物言いに、首をひねる者がいた。

 それを見て、ルティスはさらに笑みを深くする。


「ああ……とにかく、あとは王家の内の問題という事だ。任せてもらえるかな?」


 その問いかけに否と答えられる者は誰もいない。

 こうして、振り返ってみれば実りの多い会議は終わった――


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次回から一人称です。

そして最後までそのまま。今しばらくのお付き合いをお願いします。

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