貴族への適切な扱い

 この辺りから、報告書が難しくなってゆく。

 だがやはりここは、フシアルバ村にどういった形で噂が辿り着いたのか。それは真実だったのかどうか――


 その辺りを複合的に検証する必要があるだろうと書記官は考えたようだ。

 最初の噂の発生源であるキカツキ町の所在の説明に移る。


 キカツキ町はシーミア公爵領にある宿場町だ。


 ちなみにフシアルバ村はデマーシュ伯爵の領にあり、当然のことながら、キカツキ町の方が、フシアルバ村よりもずっと北にある町である。


 さてシーミア公爵は南方に睨みを利かせることが求められているので、当然その領内にも多くの街道が通っていた。

 イラッハ伯領へと通じるパラベウム街道もその一つで、キカツキ町はパラベウム街道沿いの宿場町として栄えているというわけだ。


 だからこそ、その異常な三人連れの目撃者は多数おり、またそれは旅慣れた商人や旅芸人など、南方が動乱の最中でも足を止めない者たちであることは間違いない。


 そして、そういった者たちが南下の途中にフシアルバ村に立ち寄ることになったのである。道中の危険は把握しておきたいと考えるのは当然だからだ。


 そういう動機であるので遠慮せずに、先に伝わっていた噂が正しいのかどうかを旅の者は確認する。


「クンシランが捕らえられたと聞いたが、それは本当か?」


 と。


 当然、フシアルバ村の者たちはそれを肯定する。

 駐屯していた近衛兵たちもそれを請け負うだろう。


 すると次に旅の者たちはこう告げる。


「俺たちはキカツキ町でイラッハ伯を見たんだよ」


 と。


 旅の者たちの証言では。


 ――腰にロープをまかれて繋がれて、泣きながら食事していた。

 ――そもそも、宿に入ってきたとき、すでにボロボロだった。おまけに臭い。

 ――太っているのに、頬がごっそりとこけていて気味が悪かった。


 ――それなのに装飾品は立派なもので、連れの二人の兵士に脅されて指輪を食事と宿泊の代金として提供していた。


 ――あまりに異様な有様だったので誰なのか? と尋ねたところ「イラッハ伯である」と。


 それに対するフシアルバ村の者たちの多くの反応は「ただの狂人では無いのか?」というものだった。


 だが、駐屯している近衛兵の一人が確認してしまう。


 ――そのイラッハ伯を自称する者と一緒にいた二人の兵士はどんな風体であったのか?


 と。


 そうすると旅の者たちは揃ってこう答える。


「白いふわふわ頭の若者と、四角い眼鏡の男。出で立ちはあなた方と同じであった」


 と。


 フシアルバ村の者たちも、その姿は見たことがあったので「ああ」と短く答えることはできた。ただそれ以上には想像が働かない。


 持っている情報が近衛兵とは違うからだ。

 では多くの情報を持ってる近衛兵はどう感じたのかと言えば、バカな、と切り捨てながら、ひたすら狼狽している。そんな反応であった。


 そして、狼狽がもたらす不安を抱えた近衛兵たちは、気休めのために、この目撃情報を同僚たちに話すことになる。

 そのため一気にこの噂が広まったというわけである。


 近衛兵に協力的であったクンシランが、その噂をいち早く耳にしたことは間違いない。恐らくその後に北から来た旅行者とも接触したのだろう。


 噂は真実を伝えているとクンシランは判断し、すぐさま逃亡した――


 ここでようやくフシアルバ村での報告書は一段落する。

 この後、派遣されてきた他の近衛部隊を合わせてのクンシラン捜索の顛末も報告されていた。


 だが、それは失敗しているので報告書も尻すぼみで終わる。

 近衛兵たちへの懲罰は、また別の話だ。


 そこで再び、報告書は大問題のクーガーたちの振る舞いへと移る。

 クーガー自身の最初の証言は、


「予定通り捕まえた。そこで仕事が終わったので帰ることにした。どこに帰ればいいのか迷ったが『湖の宮殿』にしておいた。当たってるか?」


 というものであった。

 ずれている――最初はニガレウサヴァ領まで戻るつもりもあったらしい――上に、傍若無人を地で行くような物言い。当然、色々と足りないものがある。


 スムーズに運んだのは、縄でぐるぐる巻きにしてクーガーが「湖の宮殿」に連れてきた男が本当にイラッハ伯であるのかどうか? という確認だけと言っても良い。


 そして真実、この見るも無残な扱いをされている男がイラッハ伯であると判明したために、事態はますます深刻になったことは言うまでもないだろう。

 相手は伯爵という大貴族なのである。


 尊き身分の者は、それなりの扱いを心掛けるべき。

 いや、心掛ける云々では無く、それは常識なのである。


 だというのに、クーガーが話すイラッハ伯への扱いはあまりにも常識外れ。

 そこでクーガーの近侍であるらしい四角い眼鏡の男に理由を聞いてみると、


「賊への対応としては、ごく真っ当なものなのでは? 私は運んでいる間に死なないように申し上げましたよ。クーガー様に任せると死んでしまいそうでしたし」


 と、こちらからも無茶苦茶な答えが返ってくる。


 やはりニガレウサヴァ領の出身者は野蛮すぎる、というような愚痴が「湖の宮殿」に蔓延するのも仕方のないところだろう。


 だが、愚痴で済めばそれは幸いと言えるかもしれない。

 何しろ、近侍の者ははっきりと口にしたのだから。


 ――イラッハ伯を「賊」と。

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