混乱を順番に整理する
南方の動乱に王家が介入した――
まずはそういう話になり、それがそのまま噂になるのは仕方のないことではだろう。
「竹林峡」での爆発の後、あまりに多くの事が同時に起こったために、その全てを網羅しようとすれば、投げやりにまとめて途中で投げ出してしまうのも仕方のないところだ。
それでも報告書は作成されなければならない。
「湖の宮殿」の書記官たちは仕事であるため、投げ出すこともできない。そこで何とか今回の事態を紙に認めようと苦心することになる。
そこでまず片付けてしまおうと、思い立った部分は、
――テプラ山地の北端で行われた戦闘。
についてである。
実のところ、この部分だけ報告書を作ってしまえば、それで済む話になっていたのだ。そこからとんでもない続報が届けられなければ。
何しろクンシランの捕縛、それにその黒幕と目されていたイラッハ伯関与の動かぬ証言まで押さえてしまっていたのだから。
この後に、事後処理でまた報告書が作成されるとしても、それはまた別の話になるはずだった。何しろ政治的判断というものが絡んでくるのは間違いない事なので、まとめとも言うべき報告書作成までには、かなり間が空くと思われたからだ。
そこで先にこの戦闘については、ある程度報告書は作成されていたいたのである。こういう事情があったため、テプラ山地の戦闘については先に片付けてしまおうと書記官たちが考えるのは、ごく自然な成り行きとも言えた。
――近衛第四部隊は、クンシランを中心にした傭兵たちとイラッハ伯に仕える兵士たちの集団を包囲することに成功。
まず、こういう書き出しで始まった報告書は、その後近衛第四部隊は慎重に事を運んで、包囲下にある敵対部隊の戦意を挫くことに専念。
そのまま敵、味方の被害を抑える形で戦いを集結させた、と続く。
騎馬戦力で包囲した段階で近衛第四部隊の勝利は決していたと言っても良い。
となれば次に求められるのは被害の拡大を防ぎ、首謀者以下大事な証人の捕縛である。
この点、近衛部隊はよく仕事をしたと言ってもいいだろう。
イラッハ伯の補給部隊が自棄になって投げつけてくる火薬にビビっていたという理由の方が真実に近いわけだが、遠巻きに包囲するといった「巧遅」を選択したのは全く正解だったわけだ。
さて、この段階まではクンシランも大人しかった。
何かしら自分の身代金を払ってくれるアテがあったのかもしれない。あるいは下手に抵抗して命を危険に晒すのも怪我もするのも御免だ、という事であったかもしれない。
とにかく、こうしてまずは「湖の宮殿」に早馬を出す近衛部隊。
戦いの終結とその戦いからいなくなったクーガー達についても、しっかり報告されている。
クーガーが王家に迎え入れられていることもあって、あからさまな「逃亡」という言葉は使わなかったが、それを論う皮肉はたっぷり含まれた報告であった。
続いてこれだけの数を捕縛できたが、これを全て「湖の宮殿」まで連行するのは、不可能に近い。まず兵数が足りないし、幾人かは解き放つにしてもそれを判断できる者がいないと訴えた。
これは至極真っ当な訴えであったので「湖の宮殿」はすぐさま他の近衛部隊と合わせて、身代金の徴収も行える政務官、それに財務官も派遣することを決定。
こうして、たっぷりの捕虜を抱えた近衛第四部隊は、フシアルバ村にしばらく駐屯することとなった。この村は戦いの前にも利用した村であるので、勝手知ったる面があることも大きい。
こうして、この騒動は終わりを迎えようとしていた――のだが……
「テプラ山地の北端での戦闘報告書」はまだ終わらない。
何しろ、このフシアルバ村からクンシランが逃げ出してしまったのだから。
それは終わったはずの南方の騒動が、再び始まるかもしれないという、近衛第四部隊の大失態であることは言うまでもない。
その失態の理由を、報告書は近衛第四部隊が勝利に酔って油断していた――というような定型文の文言でまとめてはいない。
報告書には「クンシランが逃亡に積極的になったから」という、言い訳にもなっていない説明がされている。
虜囚の身であったのだから、クンシランが逃げ出そうとするのは当然、と考える向きもあるかもしれない。
だが、それならもっと早くにクンシランが逃亡を企てていてもおかしくはないのだ。
しかしフシアルバ村で応援が来るまで待機となるまで、いや待機になってしばらくの間にも、クンシランにその兆候は見られなかったと記されている。
それどころか捕えられた傭兵たちを大人しくさせることにも協力的であったと。
もちろんそれも逃げ出すため、油断を誘うための行動だと言われれば、否定する材料は無い。
無いがしかし、あれだけ鮮やかに逃げ出せるのだから、逃げようと思えばもっと早くに逃げ出せたはずと考える方が自然と言えるだろう。
では、なぜ急に逃げ出す気になったのか?
それは当然――
――イラッハ伯が捕らえられたらしい
との噂話がフシアルバ村にまで流れてきたからだ。
近衛の出で立ちをした二人の兵が、肥え太った男を荷物のように扱って、パラベウム街道を北上していったという噂だ。
そして、その荷物のように扱われた男が誰あろうイラッハ伯なのだと。
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