クーガーの異能
「伯爵なんだから派手だろう? 母上だって派手だ」
――確かにニガレウサヴァ伯爵閣下は派手好きだが、ルースティグ伯爵閣下はそれほどでもないはず。
「一番偉そうなのはイラッハ伯だしな。補給の手配をするのは偉そうな奴だ。母上もそうだろう?」
――理屈は無茶苦茶なのに、答えは合っている。この騒動で一番地位が高いのは間違いなくイラッハ伯だ。
という反論と同意を胸の内で繰り返すキンモル。
声を出す余裕はない。今は全速力で馬を走らせイラッハ伯が住まうソシオ城に向かっている最中だからだ。
近衛兵たちは置いてきた。
今はクーガーとキンモルだけ。
~・~
近衛兵たちと傭兵団と補給部隊は、二人の離脱を見送ったのだ。
近衛兵たちとしても、目の前で補給部隊に合流しようとしているのがクンシランであることは理解しているため、どうしてもそういう判断になってしまう。
明確な指示は無くとも、ここで南方動乱の元凶を見逃す手はないからだ。
クーガーがその地位に収まる前の部隊長が指示を出し、クンシランを捕らえるために行動を開始する。
その動きに、クンシラン、そして補給部隊も対応せざるを得ない。
何しろこの場所に近衛部隊が現れたこと自体が驚きなのだ。半ば――いや完全にパニック状態に陥ったと言ってもいい。
特に補給部隊は、さらに厳しい局面に晒されている事に気付く。この段階でバレバレではあるのだが自分たちがイラッハ伯に仕えていると、はっきりと知られてしまうと――実にまずい。
火薬の補給をさんざん妨害された結果が補給作業に現れているのだ。本来なら城勤めの兵士まで補給部隊の護衛に回されており、それが完全に裏目に出ている。
そのため、近衛部隊に対して頑強な抵抗を見せたのは傭兵団では無く、むしろこの補給部隊であったのだ。
唯一の利点は運んでいる品物に、火薬が多く含まれている事だろう。
先にそれを宣言することで――幾らかは実際に爆発させて――近衛部隊の攻撃を鈍らせる。
こうして合流し一塊になった傭兵団と補給部隊。
それを機動力で遠巻きに包囲しながらも、迂闊に攻めるわけにもいかなくなった近衛兵たち。
両部隊は「竹林峡」の時と同じように膠着状態に陥ってしまったのだ。
だがそれは、クーガー達にとっては格好の陽動。
二人は一気にソシオ城を目指す。
そして馬を休ませながらも翌日――
~・~
二人の視界にソシオ城が現れた。
警戒に当たる兵士までも補給部隊に回されたこともあって、ここまでほとんど素通しである。
「馬はこの辺で降りるか。あとは足で行った方がやりやすいからな」
クーガーが馬を下りたのは、城門のすぐそばの茂みだ。
そこに馬を繋いで、あとは徒歩で城門へ向かう――いや、突破する。クーガーはそういう算段であった。
普通なら馬の速度に任せて、城門を強引に突破という手段になる。
イラッハ伯を狙うという目標が正しいとするならば、の話だが。
いや、その目標自体は正しいのかもしれないとキンモルは考え始めていた。
南方を静かにさせるという戦略においても。
クーガーの異常性を王家にわからせるというスイーレの思惑に対しても。
キンモルがそんなことを考えていられるのも、クーガーの異常性を十分認識しているからだ。
そしてその認識は全く正しく、
「殺すよりも怪我人増やした方が獲物の動きが鈍るからな」
クーガーもまた、呑気にそんなことを口にする。
その足元に、二桁に迫ろうという城兵たちが城門の前で呻き声を上げながら倒れているというのに。その中には、銃を持っている者もいるというのに。
――クーガーには通じない。
~・~
「だから~、俺を攻撃したいっていうのがわかるんだってば。それがわかれば躱すのの簡単だろ?」
そんな無茶苦茶な理由を、クーガーは何度も説明してきた。
ということは、少なくともクーガーはその無茶苦茶な理由を信じて疑っていないという事になる。
そして実際に、そうでも考えなければ説明できないのだ。
クーガーが悉く攻撃を躱す事象を。クーガーに攻撃が当たらない現象を。
いや、躱すだけではない。躱す前に相手がどう攻撃をしてくるつもりなのかまで察知して、その機先を制してくる。
クーガーは果てない鍛錬でその異能を身につけたわけでは無い。気付いた時にはクーガーはそれが出来ていたのだ。
「強いて言えば銃が厄介だな。弾が真っ直ぐに飛ばないんだからな。少し大げさに避けなくちゃならない」
無茶苦茶な理由の説明を何度も求められたことで、クーガーも自分の説明が受け入れられてはいないことに気付く。
そして、自分の能力がそれほど大したことではない、と主張するために付け足された弱点がこれだ。
確かに、銃の弾は真っ直ぐ飛ぶこことは稀なのだが――そういう事ではない。
弾を余裕をもって躱せるという段階からおかしいのだから。
そう。
戦地でのクーガーは何もかもおかしい。
城に突撃、いや正面から悠々と乗り込み、一点鐘も経たないうちにイラッハ伯を縛り上げてしまうのだから。
実はこの「縛り上げる」という作業が、クーガーが最も時間がかかった「作業」だったのある。
「怪我させると、死んじまうからなぁ。実に面倒だった」
その作業を手伝いながら、
(怪我させると「湖の宮殿」までもたないからな)
と、脳内で捕捉するキンモル。
その補足は全く正しく、だからこそ自分がここまで連れてこられた理由も察しているキンモル。ただイラッハ伯を捕らえるだけならばクーガーは一人でも可能だったろう。
それでもクーガーがキンモルを守りながらでも、ここまで連れてきたのは――
「じゃ、頼むぞキンモル。俺には重すぎる」
――これが理由だ。
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