「……何言ってるんだ?」
テプラ山地の北端付近。つまりはまだ山地の名残があるので、全体的になだらかな平野とはならない起伏の多い地形だ。兵を伏せるにも適した地点が多い。
山地を視界の中心に据えて
「クーガー様。あれがクンシランへの補給部隊ですね。商人っぽく偽装していますが、武器を隠しています。鎧を着込んでいる者も多い」
望遠鏡を覗いていたキンモルが四角い眼鏡を光らせながら、隣にいるクーガーに声をかける。
今ではキンモルも近衛が身に着ける白い軍服姿だった。金モールまでついているので、正直待ち伏せには不向きな出で立ちだ。
乗ってきた馬からは当然降りて、身体を地面に伏せながらの偵察である。
斥候に任せたいところだが、近衛第四部隊はいまいちやる気が無い。突然湧いて出たクーガーに思うところがあるのはキンモルにも理解できたから、うるさく言う事は諦めていた。
斥候が受け持つべき役割に関しては、よく知った顔のルースティグ領の兵士たちが、細かく情報を伝えてくれるので十分ではあるし。
クーガーが「
それにしても、そういう関係のない者が近付いてきているのに、近衛兵たちは無関心過ぎないだろうか?
王族は王族でも近いうちにいなくなってしまう相手には、忠誠心を発揮できないという事なのかもしれない。
となるとクーガーの神聖国行きは確実か……俺はどうしたものかなぁ……いや、スイーレ様の計画が上手く行きそうだから、それは無いか~
と、黄昏るキンモル。そんな彼の様子には構わず、
「うん。こっちから近付いているのがクンシランだな。ああ、あそこにいる」
クーガーは
が、キンモルはクンシランを確認できない。改めて望遠鏡を覗いてみてもそれは同じだ。
確かに土煙のようなものは見えるがそれだけ。視力の問題では片付けられないほど遠いのである。ましてや人の見分けなどは絶対不可能。
不可能なはずなのに……
(ええい! この本物の化け物は!)
と、キンモルは胸の内で毒づく。
化け物と言えば、主の元・婚約者であるルースティグ伯爵令嬢ラナススイーレも立派な化け物だ、と改めてキンモルは認識した。
今、目の前に作られようとしている
そんなことが出来るスイーレを化け物と呼ばずして、何を化け物と呼べばいいのか。
その事実に暗澹たる気持ちになるキンモルであったが、スイーレがここまで必死になっている大方の理由は察していた。
クーガーのおかしさは迂闊に手を出していいものではない、と。
ニガレウサヴァ領で、何度も経験しているのだ。
アレが他の貴族や王族。ましてや他国に知られてしまえば……スイーレが例え化け物であったとしても、その賢明さにはキンモルも頭が下がる。
だが、これで王家も気付いてくれるだろう。
クーガーという男は、迂闊に他国に渡していい存在ではないと。
考えればクーガーは王家の係累であることが判明したわけだ。
流石化け物たちの統領の家系、と今更ながら改めてキンモルは祖父の言葉の偉大さを噛みしめている。
とにかく、今はスイーレの計画通り事態は進んでいるのだ。
あとはクンシランを捕らえれば終わりだ。近衛兵たちのやる気の無さは関係ない。
ただ近衛兵たちは目撃者になってくれれば十分。
そういったスイーレの意図を、キンモルは完全に理解していた。
「では、クーガー様。馬のところに戻りますか。流石は『湖の宮殿』。馬は良いものが揃っていましたね。それは全く幸いで――」
「う~ん、あのさ」
借りてきた駿馬に乗ってさっさと戦いを済ませ帰りたいキンモル。だからこそ、そういう風に事態を運びたいという欲望が口から漏れたわけだが、それにクーガーは棹差した。
途端にキンモルの額に冷や汗が滲む。
キンモルにとっては嫌というほど覚えがある展開だからだ。
クーガーがこんな雰囲気になった時、必ずろくでもないことになる、と。
慌ててキンモルは、それを回避しようと試みた。
「く、く、く、クーガー様! あとはクンシランを捕らえっれば、それでスイーレ様の――」
「そう。スイーレは言ってたんだよな。『派手な男を狙え』って」
「で、ですからクンシランを……」
クンシランの見た目の情報については、クーガー達も共有を終えている。
クンシランの平素な出で立ちが派手であることは、クーガーも知らないはずはないのだ。
それなのに――
「いや、もう見えるだろ? 派手な奴なんか一人もいない」
「それは爆発の影響がありますから!」
「スイーレは、迷ったら一番偉そうなのを狙え、とも言ってたよな……」
キンモルのもっともな訴えは無視された。
いつも通りに。
しばらく何事かを考えていたクーガーは、やおら結論を口にした。
「――よし! イラッハ伯を捕まえよう!」
半ば諦めに浸っていたキンモルであったが、さすがにその結論には逆らわざるを得なかった。
身分差も何も考えす、こう言い返してしまう。
「……何言ってるんだ?」
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