「化け物」は驚異である

 そういった説明をされたアウローラは、納得しながらも、スイーレを慰めるためなのだろう。


「他の可能性は無いのでしょうか? あの話し合いの時の結論のように、テプラ山地の北端に向かう可能性は……」


 と、スイーレの推測に抗弁する。

 スイーレはそれに対して再び黙り込んだ。それはアウローラの狙いとは真逆の反応であったので、慌てて弁解する。


「い、いえ、少しでもその可能性があるなら……元気を出していただきたく……」

「あるにはあるのよ」


 アウローラに気を遣って、という感じの声音では無かった。

 スイーレはその可能性にも気づいてはいたのだ。ただそれを説明するには、アウローラに「前提」が足らない。


 つまり南方の動乱の背後に帝国があるという「前提」だ。

 帝国の狙いはわからないが、南方の動乱の継続を願っているなら、クンシランに補給を送るだろう。


 ――「もっと戦え」


 と。


 この場合。イラッハ伯は一体どういった立ち位置になるのかが、さらに不鮮明になる。逆にクンシランは帝国と根っこでつながっていることが鮮明になるわけだが、それは置くとして。


 こういった条件が満たされるなら、クンシランは恐らくテプラ山地の北端経由のコースを辿るだろう。

 そのまま補給を受けて、再び南方を混乱させる動きを続けようとする。


 それで一応理屈は通るのだが、スイーレはそれを「希望的観測」であると判断していた。

 あの話し合いでたどり着いた「結論」にこだわって、都合の良いように妄想しているだけだと。


 帝国が絡んでいるという推測もただ理屈を張り付けただけだと。

 スイーレはそうやってミスリードを仕掛けてくる推理小説を山ほど読んできたのである。


 それに加えてだ。


 実はもう一つ、誤算が生じているのである。


 スイーレはクーガーに対して、クンシランを「派手な男」としてあやふやに示してしまった。だが、今のクンシランは流石に派手な出で立ちでは無い、とスイーレは考えている。


 何しろ敗残兵と考えているのだから。


 となれば、クンシランがテプラ山地迂回コースを辿ったとしても、そこでクーガーに部隊に捉えられたとしても。

 クーガーにはクンシランは捕まえきれないだろう。何しろクンシランはもっと危うい「竹林峡」からも逃亡を果たしている。


 それでは「証明」にならないのだ。


 やはり何度考えても同じ結論に達するスイーレ。

 この計画は水泡に帰した、と。


「……後悔と悩むことは違うわね。同じ悩むなら前向きに考えないと」


 ようやくの事で、その二つの区別に思い立ったスイーレ。

 クーガーが神聖国に行くことは絶対阻止しなければならないわけで、つまり諦めるわけにはいかない。


 そのためには、クーガーの「証明」こそが必要だと考えていたが、クーガー自身に働きかける手もあるにはある。

 しかしそれは――


 という具合に、結局スイーレの懊悩の日々は続く。


 ――かに思われた。


 しかし十日後、スイーレの元に届けられた報は、完全にスイーレの思惑を突き破るものだった。

 まさに開いた口が塞がらない。


 ――即ち、凶報ではなくて驚報。


                 ~・~


 キンモルには祖父から何度も聞かされいる警告があった。


 祖父、曰く――


「――貴族というのは、化け物だ」


 というものである。


 それは嫌味とか、理不尽な目に遭わされたことに対する恨み言では無い。

 祖父は純粋に、貴族という存在は「化け物」である、と認識していたのである。


 つまり、圧倒的に強い、と。


 キンモルの家は遡れば王国の北の果てで匪賊を営んでいた盗賊である。

 祖父は、その頃の記憶もあるのだろう。また言動も粗野と呼ばれることが多かった。


 そんな祖父であるから、持って回った嫌味などは使わない。

 祖父が言うからには貴族は素直に「化け物」なのであろう。


 それでもキンモルは祖父の言葉を半信半疑に聞いていた。

 やがて、ニガレウサヴァ伯嗣子である――最初はそうだった――クーガーの近臣に取り立てられ、領の歴史を学ぶ機会に恵まれたとき、キンモルは理解した。


 祖父の言う事は本当だったと。


 ニガレウサヴァ伯初代は北の果てのこの地で王国を大いに悩ませた匪賊の大頭目であるという事を。

 悩ませたどころか、王国は手が出せなかったらしい。


 そこでニガレウサヴァ伯初代に爵位を与え、帰順さしめた――


 と、王家の体面を慮ってこういう風に歴史には残されているが、言ってしまえば王国が匪賊に降伏したようなものだ。

 だが北の果て全てが匪賊の手に落ちれば、ニガレウサヴァ伯初代にとってもジリ貧だったのだろう。


 そこで交易――毛皮や貴重な薬草、それに材木を扱う――で生計を立てることが出来るように、方針転換したという事らしい。


 こういう歴史があるのでニガレウサヴァ伯領は、王国でも浮いた存在であり、独特の家風が育まれたのも自明の理、というもの。


 ――と、キンモルは納得しようとしていた。


 仕えることとなった、この伯爵家の嗣子。


 クーガーの異常性を確認するまでは。

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