それでもキャストは揃わない?

 まず、どうやら大怪我を負ったらしいと、不完全な情報だけが知れ渡った公子クイスクリアゥム。怪我の詳細が判明した。


 両足骨折――であるらしい。

 原因は落馬。爆発に驚いた馬から振り落とされたという事だ。


 意識は鮮明で、頭を打った、という事も無いらしく、その辺りは幸運と言えるかもしれない。

 リアゥムが生きている事。命に別条がないことが判明していくにつれ公爵軍の動揺は収まっていったのだから。


 「竹林峡」から少し西に引いた平野に陣が設営され、そこを中心にして次第に秩序を取り戻してゆく公爵軍。

 そこまでは見事、という評価に相応しいかもしれないが――そこまでだった。


 リアゥム以外にも負傷者は多く、そうでなくとも傭兵団との睨み合いで疲労が蓄積していたのだ。

 これ以上、積極的に動くことは不可能だと断言しても良い。何より中心にいるリアゥムがまず動けないのだから。


 だから――


 クンシランの生存が確認されても、どうしようもなかったのである。

 さらに配下の傭兵たちも、クンシランの元に集結を始めているという報告が為されても動きようがなかった。


 それはリアゥムが動けないという理由以上に、クンシランの持つ傭兵たちへの求心力に、改めて恐怖を感じたことも大きいだろう。

 奇抜な出で立ちのせいか、どちらかというと道化のような見られ方をされることもあったクンシランだが、ここに来て一気に不気味さが増したのである。


 さらには、その継戦能力の高さから、


「クンシランの能力は古のフールガー将軍に比肩するのではないか?」


 という声も聞こえてくるようになったのである。


 結果、南方は緊張感を抱いたまま沈黙のとばりが下りることとなった。

 皆わかっているのだ。手負いの傭兵たちは、獣と変わらない。もともとそうであるのに、さらに厄介な相手になってしまった。


 そんな傭兵たちがクンシランを頭に戴き、集団になっているのだ。

 これでは迂闊に南方諸侯も手が出せない。


 つまりは王国の危機であり、クンシランの存在は即ち凶報である。


 ならず者である傭兵団を雇うことで金で懐柔も出来ず、好き勝手を許しているのだから。そういう事態に対処すべき、抑えであるシーミア公爵家も動けない。


 何とかアハティンサル領に対して推問使を派遣することで「竹林峡」での騒動については格好を整えるふりは出来た王家であるが、クンシラン相手では、どこから手を付ければいいのかが見当もつかないのだ。


 ――しかし希望はあった。


 動かすにしても時間のかかる近衛部隊。その一部隊が、すでに動員されていたのだ。

 中心にいるのは、新しく王家に迎え入れられた庶子のクーガーという若者である。


 しかもクーガーは、クンシランの行動を読んでいたかのようにテプラ山地の北端に向けて進軍を続けていた。

 

 そう。


 近衛部隊が派遣していた斥候は、クンシランの部隊を捉えることに成功していたのだ。


 ――会敵必至。


 それが大方の見解であった。


              ~・~


 その頃、スイーレは「ラティオ」執務室で苦悶の表情を浮かべていた。

 出版事業は変わらず順調であるので、苦しむ理由はクーガーの「証明」についてである。「竹林峡」の爆発で、計画の全てが水泡に帰した。


 それが今、スイーレが直面することになった「現実」だからである。

 ちなみにこの時、スイーレの元には「テプラ山地の北端で会敵必至」との報せは届いていない。ただクンシランが生きていることだけは伝えられている。


「お嬢様……目標のクンシランが生きていましたし、全てがダメになったわけでは無いと思われますが……」


 苦悩するスイーレを見かねて、アウローラが声をかける。

 そう。王国全体では凶報であるはずの「クンシラン生存」の方は、ここ「ラティオ」執務室では吉報に転じていたのである。


 それを聞いて「柳に川魚サリセス・エト・フルビ」をモチーフにしたスイーレの耳飾りが大きく揺れた。

 デスクの上にへたり込んでいた身体を、勢いよく起こしたからだ。


「……生きていても、目標地点と思われていたテプラ山地の北端にはまず現れないと思うのよ」

「そうなるんですか?」

「ええ。生きてはいてもダメージはあるんだから、イラッハ領に向かう可能性は高いと思う。でも、テプラ山地を越えて行くルートを通らない理由がほとんど無い」


 その推測には確かに整合性があった。

 この時点で「ラティオ」に届けられる情報では、スイーレにとってクンシランの傭兵団とは敗残兵と変わらないだろうという認識だからである。


 そういう認識であれば、追っ手をかわしイラッハ領に逃げ込むのに最適なルートはテプラ山地越えになるのである。きっちり武装した各領兵や近衛兵よりは身軽だろうという推測もあるからだ。


 さらにイラッハ領からの補給がテプラ山地を迂回するコースを辿っている、という推測の大きな理由は「火薬」が補給物資に含まれているからだ。


 火薬を持ち運んでいないのなら、迂回コースを辿る理由が無い。それはイラッハ領からクンシランを救援に向かう部隊があったとしても、同じ理由で迂回コースを選ぶ理由が無いのである。


 つまりクーガーはクンシランを捉えることが出来ない。

 スイーレが愛してやまない整合性は、絶望を彼女に指し示すのである。

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