公子クイスクリアゥム
王国南方の総括。そして抑え、あるいはアキエース王家の橋頭保。
それがシーミア公爵家であり、シーミア公爵領である。当たり前に王家とは姻戚関係であり、現王の妹がこの公爵家に嫁いでいる。
その妹の息子が公子クイスクリアゥム――リアゥムである。
つまりリアゥムは現王の甥であり、王位継承権も持っていた。
年は三十路直前といったあたり。
王太子フォルティスコルデよりも年嵩なのは、単純に王妹である母親が公爵家に嫁ぐのが早かったというだけの話だ。
そのリアゥム。
実際の年齢よりも老けて見られがちだ。
それは長く伸ばした明るい茶色の髪が鬱陶しいからか。
それと負けないほど長く伸ばしている口髭が鬱陶しいからか。
ハシバミ色の瞳がどこか浮世離れしているようなま眼差しであるのに、そんな老けたような風貌だからか。
とにかく無理をして若作りしているように見られるのである。
「……つまり、最近頻発している爆発事件については、イラッハ伯が送り出した傭兵どもへの補給を妨害するものだと?」
シーミア公爵領の領都にあたるストレミア。
その一角に公爵邸はある。戦時にはもっと守りやすいディオプロス城を使うことになるわけだが、今は戦時では無い。
それが公爵家の判断であった。
南方で不穏な報告が相次いだとしても、それは戦争には繋がらない。
そうでなくては公爵家の――リアゥムの面子が台無しなるからだ。
だから今もリアゥムも平時のままストレミアの邸宅にいるし、報告もストレミアで受けているというわけである。
リアゥムが報告を受けたのは、邸宅の敷地内にある丹念に手入れされた庭の一角。
植えこまれた薔薇に自ら鋏を入れている時であった。
とは言っても、本格的な造園をする様子もなく、金糸で縁取りされた青と白で構成された斜め格子のフロックコート姿であるので、ほんの手慰みのつもりだろう。
あるいは多くいる愛人に薔薇を送るつもりでもあったのか。
それでもとにかく、不穏な報告であってもきちんと耳に入れる度量は持っていた。
公爵軍の斥候がここまで通されている段階で、単なる遊び人ではない証左にはなるだろう。
そもそもアハティンサル地方を帝国から割譲させたのは、リアゥムの手腕なのだから。
ただ、それで南方が静かになると考えていたのに、一向にその気配がないことが誤算過ぎたのである。
そしてリアゥムとしても現状を座して傍観するつもりはなかった。
何しろ彼の目標は王位なのである。
王太子の体が弱いという事はすでに周知の事実ではあるのだ。
となれば、自分に声がかかるのではないか――いやかけられるべきだとリアゥムが考えたとしても無理からぬところ。
しかし王家は、そんなリアゥムの志を無視するかのように、庶子扱いであり他家に預けられていたクーガーなる者を王家に迎え入れようとしているわけである。
当然それは外交政略の狙いがあるとすぐに気づいたリアゥムではあったが、何故そんなことを王家が画策する必要があるのかと考えると――
――シーミア公爵家は南方を抑えることが出来ないようだ。
と判断したから、という事になる。
これは屈辱である。
しかし現に南方は治まってはいない。
これでは王家相手に言葉を尽くしても無益なことだ。
やるべきことは言い訳を重ねることでは無くて、南方の安定という確実な成果を積み上げる事。
そしてそれはリアゥムにとっては、さらなる名声を獲得する好機でもある。
だからこそ南方は治まったという態を見せつけておきながら、今南方で何が起こっているのか? その原因は何か? をずっと探索させていたわけである。
しかし騒動の元凶だと思われるクンシランの動きがさっぱり読めない。
改めて軍を動かすにしても、どこに向かえばいいのかさっぱりわからないのである。
これでは兵を動かしても、先に兵站が悲鳴を上げる。
それに加えてクンシランは南方の名所名跡で挑発的に存在を誇示するのだ。
何度、リアゥムが兵を率いてストレミアを進発しそうになったことか。
その度に、公爵家の重鎮が諫めたことか。
リアゥムはシーミア公爵家にとっても大事なのだ。
短気な振る舞いで、せっかくの武名に泥を擦り付けるようでは困るのである。その点、リアゥムは臣下にも恵まれているという考え方もできるのだが……
しかし今日――
薔薇園でリアゥムが受けた報告は、彼の脳を一気に活性化させたようだ。
爆破の狙い。それを誰が――あるいはどんな組織が行っているかは後に回してもいい。
問題にすべきは火薬の重要性。
そしてクンシランの行動だ。
それを最優先で考えた結果、リアゥムは一つの結論に辿り着いた。
「――クンシランが目撃されている名所名跡には、火薬が備蓄されているのでは?」
と。
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