仕事に追われ

 さて、そんな風に兄上にお願いし終えてみると、思った以上にやることがないことに気付いた。

 あの「結論」には兄上に突き返されるんだろうという、諦めというか自棄になっていた部分があったことに後から気付いたんだけど……


 つまり、何回かダメだしされるのが前提だったわけだ。私が「ラティオ」で持ち込まれた推理小説によくやるように。

 で、修正を加えて良くしていこうと。ああ、見込みがある場合はね。


 それが、一発で通過してしまった。

 「ラティオ」でも、持ち込まれた推理小説にそういう作品が無いとは言わない。言わないけど、そうなると今度は私は本業で忙しくなる。印刷の手はずや、書店との折衝でね。


 で、今度の場合は私が持ち込んんだ作家で、兄上が「ラティオ」になるわけ。

 となると、持ち込んですでに出版に向けて動いている作品について、あとからアレコレ言えないでしょ?


 というか、して欲しくない。

 同じ舞台の同じ目的の作品を別の出版社に持ち込むやり方も思い付きはしたけれど、これもよろしくない。


 他の「結論」を見つけ出せるかは置いておいて、最大の問題はこれが現実だという事だ。


 創作フィクションなら舞台が同じでも問題ないけれど、現実だと実行に移した場合、お互いに影響が出ることは確実だからだ。

 そうなると別の「結論」を探すことも難しくなる。その私の動きもまた影響を与えるし、まず私が影響を受ける。


 つまり私は何もできなくなる――以上に、何をしてもダメなのだ。

 それが兄上に「結論」を持ち込んだ後に私が気付いたこと。


 ――だから私は今日も「ラティオ」の事務所でひたすら仕事をする。


              ~・~


「……とは、わかってるんだけど」


 と、いつものデスクに座って私はアウローラに向かって愚痴をこぼす。

 目の前には「綱」と銘打たれた持ち込まれた新作があるわけだけど、ちょっとそれを読み込むのは休憩だ。そもそも、この原稿にも問題があるんだけど。


「こうまで、やることが無いとね~」


 この場合の「やること」というのは言うまでもないことだけど、クーガーの「証明」についてだ。

 あの会議から、既に二月は経っているだろう。


 南方で何が起こっているのか、についてはどうしたってタイムラグが発生する。

 だから、今こうしている時も何か起こっているかもしれない。起こっていないのかもしれない。


 そういう目隠しをされた状態みたいになるとは頭で理解しているつもりだったけど、これがなかなかキツイ。クーガーには「テプラ山地の北端が目標」と伝えているし、その返事ももらっている。


 クーガーはクーガーで苦労してるみたいだけど……

 というか、苦労させてるのは私か。


 ああ、でもこれしか……いや、クーガーなら……


「やることはございますよ。コンピトゥム先生の新刊の手続きに発送のための準備。それから――」


 私の煮え切らない態度に対して、すぐさまアウローラが実務的なことを言い返してきた。

 何とも手厳しい。でも、それもさ――


「ああ、うん。それはわかってる。というかそのあたりの仕事ちゃんとやってきた記憶はあるわ」

「はい。頼もしいことでございます」

「だから、それもちょっと問題あるとおもうのよね。今の私としてはクーガーの『証明』が最優先事項じゃない?」


 確認口調でアウローラに語り掛けるが、それは確定事項だ。

 すっかり執務室を片付けて、いつも通り丸眼鏡をかけ直しながら、アウローラは頷く。


「でも、『ラティオ』の仕事にかかるとそれを忘れてしまって。溜まり気味だったこともあるんだろうけど、夢中になりすぎるというか……」

「お嬢様」


 今日は私の愚痴に対して、厳しいことを言うように決めているのだろうか?

 眼鏡を光らせながら、アウローラが厳かな声で私を遮った。


「……な、何?」

「ご自覚なさってはおられませんでしょうけど、お嬢様は昔から、そういう方でしたよ。幼少のころから」

「昔って、そこまで遡るの? 第一、私が子供の頃なんて……」


 と、そこまで反論して、そのあとはごにゃごにゃと言って誤魔化すことにする。

 その辺りを指摘されると、どうにも都合が悪い。


 それに――とにかく目の前にやることがあると、それに集中し過ぎるきらいは昔からるという事だ。

 愚痴を聞かせた埋め合わせ――にはなっていないだろうけど、そんな風にアウローラに言い訳する。


 するとアウローラはしたり顔で、


「ええ。それはよろしいことだと思いますよ。フォローは我々臣下が行いますし。今は『ラティオ』のお仕事に集中なさるのは良いことだと」


 そ、そうかな?

 何だか薄情すぎるような気もするんだけど。情が薄いとかは父上からも言われた覚えがあるわ。


 それはそれで問題が……


「――ですから、その持ち込まれた新作についての指示を下さい」


 ……そもそも情が薄いのはこの女に違いない。


 アウローラに育てられた覚えはいっぱいあるのよ。

 

 それはともかく、私がいったん読むことを休憩したこの作品。

 誰が書いたかを知らせれば、きっと驚くに違いないわ。私は満を持して、それをアウローラに教えることにした。

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