危険な妄想

 王国側の通商路が一つしか使えないとするなら、それは当然、帝国側の通商路も変化するという事だ。

 つまり帝国内部で通商路が西側に寄る。簡単に言えば遠回りを強いられる。


 そのルートに合わせて通行料を取る方法もあるし、それほどあからさまでは無くとも宿などを使わせれば内需拡大にもつながるだろう。

 あるいはそれが本命で、イラッハ伯は帝国の関係者からさらに「お礼」を受け取っている可能性もある。


 そこからさらに想像を膨らませれば……


(いけない)


 スイーレは頭を振って、そんな「想像」を振り払った。

 推測と妄想の境目があやふやになっていると感じたからだ。妄想を実証しようにも、帝国には伝手が無い以上、それはどこまでいっても妄想だ。


 ただ、この妄想に少しばかりでも真実が混ざりこんでいた場合、通商路の妨害以上の企みに繋がっている可能性もある。

 その場合、ただクーガーの「証明」を考えて始めていたというのに、いったい何を探り出してしまったのか。


(……いや、さすがにこれぐらいは「湖の宮殿」でもつかんでいるわね、きっと)


 私はまるで軍首脳部の会議でも開いているような勘違いをしている。

 そう考えることで、スイーレは改めて気を引き締めた。


「あ、あのスイーレ様。どうかなさいました? 動かす――の続きをお伺いしたいのですが……」


 折よく、スパントから声がかかる。

 続きを促すあたり、実にスパントらしいと思ったスイーレだったが、これはこれで有難い。


「あ~えっと、だからね。……こっちで動きを読めたとしても、それが南方に届くまで幾らか時間がかかるわけでしょ?」

「あ、そうですね。荷馬車や駅馬車だと一月はかかりますね。一騎駆けの場合はわかりかねますが……」


 どちらにしてもタイムラグがある。

 しかも、その日数まで考えて動きを読んだとしても、それは天候の変化であっさりと外れてしまうだろう。そしてそれはクンシランの動きだけでは無く、こちらから動きを伝える連絡を携えた“何かしら”についても同様だ。


「それならクンシランの動きを操った方が簡単よね。受け身では無くてこちらから積極的に動くわけ」

「なるほどです。補給を妨害できれば――それにしても、凄い発想ですね。これがいわゆる“逆転の発想”なんですね」

「いや、そんなことは……」


 無い、と言いかけたスイーレの言葉が止まる。

 発想という言葉につられて思い出したのだ。


 受け身では無くて、こちらから動いて主導権を握ってしまう。

 その発想に気付かされたのは、クーガーがいたからだ。


 あれから半日も経っていない。

 この執務室を嵐のように駆け抜けていったクーガーが、またも自分に影響を与えているのだと気付いて、スイーレの頬がひきつった。


 そのひきつりに促されるように、スイーレは窓の外に目を向けた。

 降りしきる雨。もう日は随分と傾いている。そんな中をクーガーたちは駆けているのだろうか?


「……お嬢様。やはりこれ以上は。お疲れのようですし」


 そんなスイーレを見かねたアウローラが声をかける。

 スイーレはそれを受け入れるように頷きながらも、椅子に深く腰掛けながら反駁した。


「疲れている自覚はあるし、それ以外に色々、考えがまとまらなくなってきている。でもね、予感がするの。予感というか、ページがもう残り少なくて、あと少し進めば謎解きが始まりそうで、寝ていられないというか」


 無茶苦茶な比喩ではあるのだが、推理小説に馴染んでいる者にはどうしようもなく通じてしまう。

 つまり――


「わけがわかりませんな」


 ヴォミットには通じないわけだ。

 だが、かわいそうなことにこの場にはスパントがいるわけである。


「ですから、本を読んでいくと読んでないページが少なくなっていってですね。あと少し読めば犯人とかトリックがわかるから無理をしてでも起きていたいと。明日の事なんか知るもんか! という感じですよ。ヴォミット先生なら、この状態を見事に表現してくれると思います」


 なんてかわいそうなヴォミット。

 もはや、身動きも取れないほどスパントの無邪気さで、ヴォミットは雁字搦めになってしまった。


「ああ……そういうのは後に回して。本についての話じゃないからね。で、さっきスパントが口にしていたけど、私もイラッハ領からの補給を妨害出来れば、かなりクンシランを思ったように動かせると考えてるの」


 かなり強引に、スイーレが話を元に戻した。


「いや、しかしそれは結局南方の方々に迷惑をかけることになるのでは? 今更といえばそうなりますが」


 それに積極的にヴォミットが合わせる。

 ヴォミットとしても、スパントの追求から逃げたい気持ちがあるのだろう。スイーレの言葉に対しても真面目にダメだしする。


「そうですね。補給が届かなければ、結局近くの村とかが襲われるんじゃないでしょうか?」


 スパントもそれに続いた。

 それらに対してスイーレは、わかっているとばかりに頷きを返した。


「うん。私もそれはしたくないと思ってるの。だから妨害する補給物資は一つだけに絞ろうと考えてるの」

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