黒幕の狙いと利益

「……コーヒー、ですか」


 と、それだけ呟いてヴォミットは沈黙してしまった。

 今一つ、スイーレの指摘がピンと来てはいないのだろう。


「そう。コーヒー。『アモルオルゴール殺人事件』で犯人が言ってたのよ。質のいいコーヒーは帝国から輸入するしかないって」


 相変わらず知識の獲得手段が推理小説に依存していることを示すスイーレ。

 それどころか微妙にネタバレしているわけだが、そんな仁義に外れてしまったことをしたことにも気づかないほど興奮しているらしい。


「……そうですね。お客様にお出しできるようなコーヒーという事なら、やはり帝国産でなくては」


 そこをアウローラが補足する。


「ね? やっぱりそうなのよね。――スパント!」


 突然、スイーレが鋭い声でスパントに呼びかけた。思考の海に沈んでいたスパントを呼び戻すためだろう。

 その狙いは功を奏し、スパントは目を瞬かせながら、


「は、はい!」


 と、声を返してきた。そのスパントにスイーレは続けて指示を出す。


「王国と帝国を繋ぐ、大きくて比較的安全な道を挙げてみてくれる?」

「それなら、カルフ=レフ街道、コウシュウ街道、メディウム街道、リッツン街道――」


 スラスラと名前を挙げながら、スパントは地図に記された道をなぞってゆく。

 それは東から順番になぞられてゆき最後に――


「――パラベウム街道、ですね」


 と、告げてイラッハ領を上から下へとなぞっていた。

 まるでミリア山脈とテプラ山地に挟まれたイラッハ領を貫くように。


 それを満足げに確認したスイーレは、それでも改めて確認する。


「それで、クンシランとか他の傭兵団でもいいけど、それが南方で騒がしくなったら? 積極的に動けないとするなら、使えそうな街道は?」

「パラベウム街道ですね。他に使えません」


 そう答えたスパントの表情にも理解の色が広がっていた。

 イラッハ伯が黒幕とするなら、これで答えに辿り着いたも同然だ。


 狙いは他の街道を使えなくして通商路を独占。

 当然、通行料も独占だ。恐らくそれも極端に高くは設定していないのだろう。


 商品に上乗せしてやれば問題ないレベル。

 何しろ通商路は独占しているのだから、コーヒーだけに吹っ掛けなくても良い。


 薄利多売を地でやれるわけなのだから。


 この手口はルースティグ伯もゾウナ河で行っている。だからこそスイーレはそれに気づくことが出来たわけだが、皮肉めいたものを感じざるを得ない。


 この時には、ヴォミットもアウローラもスイーレの指摘を理解していた。

 それでも両者の反応は真逆と言ってもいいだろう。


 アウローラは驚きと喜びを合わせたような笑顔であったが、ヴォミットはへの字口の角度が急になっているのだから。

 何かしら不満に感じているらしく、その不満は急になったへの字口から漏れ出した。


「……そうであるなら我のクンシランの指摘も結局的外れ――」

「ああ、そんなことで不機嫌になってたの? それ全然違うから」


 そんなヴォミットの愚痴を、スイーレがあっという間に否定する。

 だが偏屈物のヴォミットはそれでは納得しなかった。


「ですが、狙いが通商路の妨害とするなら、それに適した動きをしていることになるのでしょう? それがスイーレ様のお好きな整合性というものだと考えておりましたが」

「狙いはそうだけど、そのための裁量はクンシランに任されているわけよ。通商路の妨害が出来るなら何でもいいわけだし。南方を委縮させるためなら、そういう整合性のない動きが出来た方がよっぽど効果的よ」


 スイーレはそういって肩をすくめる。


「よっぽど変な契約結んでるんでしょうね。クンシランは自由すぎて……ああ、それもまたイラッハ伯の目的を糊塗する働きがあるわけか――言いたくはないけど、ヴォミットが気付いてくれてないと、スパントだって組み立てることはできなかったと思うわ」


 そんなスイーレの言葉に熱心に頷くスパント。

 ヴォミットはそんなスパントの様子を見ながら、再び細巻きをへの字口に挟んだ。


 しかし、そのへの字口が随分と緩んでいる。

 どうやら捻じれていたヴォミットの自尊心も満足したようだ。


 それ受けてスイーレが話を次に進める。


「――で、黒幕の狙いと、その手先の筆頭クンシランの行動基準は判明したわけだけど、次はどうやってクンシランの狙いを読むか。あるいは動かすか」

「動かす、ですか?」


 仕切り直しとばかりに、スイーレは改めて新しい目標――いや、元々の目標を提示する。

 それにスパントが新鮮な驚きを持って応じた。


「動きは大体わかりますけど」

「でもそれは、どうしたってタイムラグがあるでしょ? ここから南方は遠いわ……ああ、北側への連絡が阻害されてないのも通商路の妨害が狙いだという事に気付かせないためね」

「妨害されていないんですか?」


 今度はアウローラが質問する。

 それにスイーレはすぐに答えた。


「うん。だって南方からはファンレター届いてるんだもの」

「あ」

「そう。理解すればするほど、よくよく練られている作戦だということに気付くわね。……そのうちに破綻はするんだろうけど、それでも長く続けられるように工夫されてる」


 多分、帝国もそれに噛んでいるのだろう、とスイーレは胸の内で呟いた。

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