ヒントは目の前に

 弱点を晒した形になったスイーレ。

 それを直接イジるほど、ヴォミットは迂闊では無い。元々、持って回った表現で財を成したと言っても良い男なのである。


 そこでアウローラに対して「教育が不十分ではないのか?」と、持って回った嫌味をぶつけ始めたのである。

 アウローラもどういう意図があるのか、その嫌味に対しては粛々と頭を下げ、


「私もここまで偏っているとは把握しておりませんで……不甲斐ないことだと自省しております」


 と、大げさに言い訳して見せた。

 それは確実にスイーレへの嫌味――用途は違うが一種の「慇懃無礼」が成立してしまっている。


 残されたスパントはこの展開に目を白黒させていた。

 一瞬ではあるが、驚きのあまり貴族の令嬢に対して、ありえない態度をとってしまったことで動揺してしまっていたのである。


 そこでスイーレは、そんなスパントを突破口することにした。


「ええ、ええ! 私は知らないわよ。そのフールガー将軍という人の事は。だから教えて? どうしてその将軍の名前を出したのか」

「は、はい! え、えっとですね……」


 スイーレの質問は、動揺しているスパントが落ち着くきっかけになったようだ。

 最初はたどたどしかったが、やがてスムーズに説明を進める。


 それを大人しく聞いていたスイーレが、やがて感心したように声を上げた。


「へぇ……補給も無しにそんなに長い間戦い続けたんだ」

「そうなんです。歴史上の謎って言われてまして」


 スパントの説明を聞きながら、横目でヴォミットの様子を窺うスイーレ。

 そして確信する。


(ははぁん。ヴォミットは名前知ってるだけね。アウローラもそうみたい)


 と。

 

 何しろ二人揃って黙り込んで、微妙にスパントから目をそらしている。同意を求められた場合、進退窮まってしまうのだろう。


 しかし、ここで二人に仕返しするのはあまりにも建設的ではない。

 スイーレは大きく手を振って、


「わかったわ。つまり補給を受けないまま動き回るのは無理があるってことね。確かに『竹林峡』なんかにまで回ると略奪しようにも集落も付近には見当たらないわけだし――わかったわ。そこからやり直しましょう」


 と、仕切り直しを宣言することにした。

 それに同意するように、三人がそれぞれ頷いたわけだが、その理由はそれぞれ微妙に違ったのは言うまでもない。


 それを証明するかのように、ヴォミットが口火を切った。


「……もしかすると、スパント嬢でも行動が把握できない空白期間に補給を受けているのでは?」

「補給を送り出す方がおられるんですか?」


 ヴォミットの推測に、スパントが再び今更とも言える疑問を口にする。

 どこまで行ってもスパントが合流したタイミングがイレギュラー過ぎたのである。スイーレはそこにフォローを入れる。


「イラッハ伯と繋がっているという話があるのよ」

「はぁ。では、イラッハ領から……」


 そのままスパントは地図を見つめて黙り込んでしまった。

 補給部隊の動きを想像しているのだろう。


 そして自らの推測に啓発されたのか、ヴォミットがこんなことを言い出した。


「しかし、あまりにもクンシランが勝手過ぎませんか? 自由に補給は受けられる。その上、補給を受けているところは見られていない。その反面、名所では姿を見せつけるように……」

「ああ、そうね。確かにそれは変かもしれない――」


 と、ヴォミットの質問に答えながらスイーレは再び資料をひっくり返し始めた。

 目撃情報が集まっていないか、再度確認しているのだろう。


 そのスイーレの手が止まった。そして、こう問いかける。


「……ねぇ。私もそうだけど、そういう名所って大事にするものよね?」


 誰に向けての問いかけなのかはわからなかったが、ここではやはりヴォミットが相手をするのが適切だろう。

 ヴォミットは、咳払いしながら応じる。


「あ~、それはそうでしょうな」

「その近くに傭兵団が現れたら心配よね?」

「それはそうですが……破壊とかそういう乱暴はしないわけでしょう?」


「地元の人たちって、そういう理由で安心できるものかしら? いえ、名所だけでは無くて……えっと、つまり自分の住んでいる付近に傭兵団が何度も現れる。それが名所付きで広まっているから近くにいることがわかってしまう。それって安心できないわよね?」


 それは重ねての問いかけなのか。

 それとも独り言なのか。


 それはわからなかったが、そんなスイーレの言葉で再びヴォミットが刺激を受けたようだ。スイーレの言いたいことをすぐに察してしまった。


「それでは南方に住まう方々をそういう心理状態に追い込むことが狙いであると? 受け身というか積極性を失わせるというか」

「ああ、そうね。流石はヴォミット。それこそが狙いなのかも」

「ですが……言っては何ですが、それだけの話、になるのでは? 実質的な被害は――」


 そう反論しかかけたヴォミットを指さすスイーレ。

 一瞬鼻白んだヴォミットだが、その指先が自分を指していないことに気付く。


 スイーレが指さしているのは、ヴォミットの前にある応接セットのローテーブル。

 今は、様々な食器が積み重なっているわけだが……


「……アウローラ、コーヒー高くなってるって言ったわよね?」


 そう。

 スイーレが指さしているのはコーヒーカップ。


 そしてコーヒー豆の主だった輸入先は帝国。

 つまりは南方である。

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