それは「映え」と呼ばれる?
ヴォミットの切り出し方は、まるで秘密の告白のようだ、とスイーレは感じた。
そのせいか一気に雨音が気になってゆく。
しかしスイーレの頭脳はすぐさま感傷的な部分を切り離して計算を始めた。
ヴォミットの「告白」についてどうすれば効果的なのかを。
「……あなたにこう尋ねるのは失礼だと思うんだけど」
結果、こう切り返すことにした。
「失礼? はて、そんなことは――」
今更ではないのか? という含みを持たせ、ヴォミットはそこで口を閉ざした。
スイーレはそこまで予測していたのだろう。動じることなく言葉を継いだ。
「私、あなたの作品はトータルで見て全く評価してはいないんだけど、文章それ自体は巧妙だとは考えてるの」
「これは……何やら怖いですな」
「これから私はクンシランの行動の理由について、あなたに聞かせてもらえると信じているのだけど、それが私に伝わるように文章化出来る? そういうことを確認したかったわけ」
そこでスイーレは、一呼吸置いた。
「何しろ私自身が、クンシランの何を知りたいのか文章に出来ないからね。どうしてもそこが不安になるのよ」
「ふむ」
スイーレの訴えは茶化すような様子では無く、全く真摯的であった。それだけにヴォミットもしっかりとそれを受け止める。
だからこそ、への字口が左右に揺れた。まるで嚙み合わせのベストな位置を探すように。
「……そう……確かに難しい。文章化は確かに困難ですな。言われて気付きましたが、こういう人物は――つまりクンシランという人物には興味をそそられるが、それだけに説明しづらい」
やがて紡ぎだされた言葉は、弱気が窺える物言いだった。
しかし、クンシランの目はスイーレ相手に舌戦を挑んだ時のように輝いている。
「ですが例えば――まずこう考えます。クンシランという男はそういった建造物、名所、奇観を愛していると。ここまでは一般的な愛し方になるわけですが――」
「そうね」
「我が思うに、それは“自分を含めての景色”を愛しているのではないかと」
さすがにスイーレの思考が止まる。
だからこそ反射的に、
「どういうこと?」
と尋ねてしまった。
恐らくは、先にスイーレから文章化について問われていなければ、ヴォミットの言葉はそこで止まっていたのだろう。
だが、たっぷりと準備する時間を与えられたヴォミットは、その先も文章化を済ませていた。
「圧倒的な客観視と、自己陶酔が同居しているのですな。歴史やそういった情報を獲得している場所に自分を当てはめ、それに興奮する」
「……自己陶酔についてはわかる気がする。伝え聞くような恰好を本当にしてるのなら」
スイーレは、ヴォミットの「推理」について、まずその部分を受け入れた。
「客観視というのは……ああ、自分を風景に溶け込ませるの? あんな時代錯誤――ああ、それで歴史?」
「そこまでは何とも。我が思うに、南方ではもっと話題になっているのだと思われます。とすればそういった人々の口の端に自分が乗せられることを期待しておるのでしょう」
「ああ……それは確かに」
その推理には頷くしかないスイーレ。
推理小説にも登場するのだ。世間を騒がせることに愉悦を感じる
「しかし歴史……そうですな。我は奇抜な格好をしている理由はただ目立つためだと思っておりましたが、その方が――」
「より深刻になるわね。主にクンシランの性癖が」
と、スイーレは短く切って捨てたが、同時に「ヴォミットが好きそう」という感想は心の中にしまっておく。
そしてヴォミットの推理が理解でき始めたスイーレは、脳に余裕を持つことが出来たようだ。まだ説明できていない事象があることに気付くことが出来たのだから。
「――待って。そうなると同じ場所に何度も現れているのは何故?」
「ここまでが我の想像通りだとするなら、何度も同じ場所に現れるのは、やり直しを要求しているのでしょうな」
「やり直し?」
「膾炙された自分の噂が気に入らないのでしょう。歴史に準えているか、自身を歴史にしたいのか。そう解釈されるまで、同じ場所に現れる」
無茶苦茶だ、とスイーレは思ってしまったが、同時にその推測は「当たり」だろうという感触もある。元より整合性を求めていたわけでは無いが、とにかく理屈が張り付けられていることは確かだ。
スイーレは胸の内に巣くい始めた「納得」を弄びながら、再びデスクの上の資料をひっかきまわし始める。
それと同時にアウローラに指示を出した。
「……ちょっと考えさせて。――それとアウローラ。ヴォミットにおかわりをお願い。何か軽いものでもあれば」
「はい。先生、どうされますか?」
「お暇するにも、この雨では難儀ですからな。コーヒーのおかわりと甘いものをいただければ幸いです」
アウローラは小さく頷くと、給湯室に向かった。
その間にも、スイーレはひたすら資料をひっくり返し、それを何らかの法則があるのだろう。改めてデスクの上に並べ始める。
そして先ほど感じていた「納得」が半端なものであることをスイーレは感じ始めていた。
次に向かう場所が二択であった場合、クンシランはヴォミットが推理したような理由で行き先を決めているとしても――
(――その二択に絞り込むまでの過程が見えない)
つまり足りないのだ。
何かが。
その時、コンコンというノックの音が執務室に響く。
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