傭兵王クンシランの横顔

 傭兵隊長クンシラン。あるいは傭兵王などと呼ばれる戦争の専門家だ。

 名前の響きから考えると帝国出身であることは間違いないところだが、その履歴は不明。


 他を圧倒するような鷲鼻の持ち主で、巻かれた口髭がさらにそれを際立たせていた。そしてブルネットの巻き毛は背中にまで垂らされされ、道化のようにも見えた。

 とどめは羽飾り付きの帽子。


 首から上だけでこれだけの装いであるので、当然服装も奇抜だ。

 赤と緑の市松模様のフロックコート。それは金糸と銀糸で縁取られており留まるところを知らない。


 腰にはさらに派手に縁取りされたコッドピース。剣帯に吊るされた軍刀サーベルの鞘は実用に耐えられるのかと疑問を覚えるほど、螺鈿、カメオ等でゴテゴテと飾り立てられていた。


 タイツだけは大人しく、配色は白と黒だけだったがそれが縞模様というのは、それだけで異様な雰囲気があることは言うまでもない。

 さすがに短い丈のブーツだけは戦場において丈夫さを優先したのか、なめし皮の色そのままであったが、これもきちんと磨かれている。


「……という証言はたっぷりあるから、間違いないと思うのよ。あ、ちゃんと絵姿もあるわよ」


 そう言って、スイーレは資料の中からクンシランをペンで描いた絵を掲げて、ヴォミットに見せる。

 いくら口で説明されても、限界というものはある。ヴォミットは身を乗り出すようにして、その絵をじっと見つめた。


 ペンで描かれているので当然色はわからないが、輪郭だけでも、その異様さが窺えるというものだ。

 やがてヴォミットは視線を外し、ソファに腰掛け直しながら、


「恐らく――百……いや、二百年は前の出で立ちでしょうな。確かに特異な精神こころの持ち主であるらしい」


 と、クンシランについて論評して見せた。

 いや、ファッションについてのみの感想を述べただけ、というのが正確なところだろう。スイーレはそれを指摘したりはせず、むしろその話の流れに乗った。


「ああ、そんな昔になるんだ。私も時代錯誤アナクロだなぁ、とは思ってたけどそこまでズレてるとは。で、そんな恰好なのに銃の名人なんだって」

「ほう。銃、ですか」


 最近では推理小説にも登場することが多く、当然スイーレも一通りの知識はあった。

 実はヴォミットもまた、銃を「死を簡単に表現できる」道具という事で、興味が全くないわけでは無い。


 だがやはり興味の持ち方が違うのだろう。


 スイーレはその後、クンシラン率いる傭兵団には鉄砲部隊もあり、その運用も含めて驚異の傭兵団であると説明する。

 だがヴォミットの興味はクンシラン個人に集中してしまったようだ。


 スイーレの説明は聞き流して、冷めたコーヒーの苦みを舌全部で味わいながら、クンシランの出で立ちを脳内で再構成している。

 やがてそれがあふれ出してしまったのだろう。


「――失礼。確かクンシランという男の行動……なんでしたかな?」


 スイーレの説明を遮ってまで、ヴォミットはさらなるクンシラン個人の情報を求めてしまった。

 実際、スイーレもまた暴走気味であることは確かだ。それを自覚してしまったのか少し頬を染めて、


「アウローラ、私もお茶が欲しい」


 と、照れ隠しに指示を出す。

 次いでヴォミットに向き直ると、改めて質問の意図を説明した。


「どんな行動基準で南方を動き回っているのか。それがわかれば――と思って」

「それでは確かに地図は必要でしょうな」


 改めてのスイーレの要求が繰り返される。

 ヴォミットはそれに対してまずすげなく、そう答えてから、


「それで、どういった場所に現れるのでしょう?」


 と、今度は熱心に尋ねてきた。


 こうなってしまえば、二人の間にある蟠りも必然的に後回しになる。

 スイーレもまた熱心にヴォミットの質問に答えようとした。


「ええと……」


 と、前置きのように呟きながらデスクの上に積み重なった資料をひっくり返す。

 そして挙げられた名前は――


 まず「ミセルコア院」である。神クリプトに仕えるものが共同生活を送る古い建造物だ。

 続いて、かつての南方戦乱の証「プリンチェプス城址」。


 さらに奇石がポツンポツンと点在し、そこに法則性を求めてしまいそうになる「アルカス台地」。

 今では建造物の跡が残るだけだが、それが寂寞を募らせる「古代神カリドウム祭事場」。


 ――などなど。


 ひとまとめに言うなら、南方に存在する名所名跡を巡る行動をしている。

 そういうことになるわけだが――


「――かといって観光してるだけでは無くて、あっちの集落を襲撃したかと思えば、あっさりと今までの味方を裏切って、丁寧に南方を混乱させてるのよ」

「おかしな言い方ですが、仰ることは」


 空中に視線を彷徨わせながら、ヴォミットがそう応じた。

 何しろクンシランの部隊はまさに神出鬼没。そして誰もが味方で、誰もが敵であるからこそ行動は全くの自由。


 そんな中で報告される目撃情報の近くには名所名跡。

 これは何を意味しているのか? それでも理由を探すなら、とにかく南方を混乱させたいのだろう、というあやふやな答えになってしまう。


「混乱させる目的は、それで各領主から金を引っ張り出すため、と考えても良いんだけど、それが効率的かと言われると……ね」


 その答えには足りないものがある、とスイーレは考えていた。

 だからこそ悩み、ヴォミットの「感覚」に期待したわけだが……


「……少し、ほんの少しですが、クンシランの思惑について感じる事があります」


 ヴォミットが切り出した。

 気付けば、雨が降り出している。

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