嵐に予言を乗せて
とは言っても、スイーレも明確に「このタイミングでクーガーと打ち合わせをしよう」などと考えていたわけでは無い。
だが少なくとも「証明」についての段取りがしっかり出来上がってから、と考えていたことは確かだ。
そしてその段取りについては、全く出来上がっていないと言っても良い。
今日のヴォミットとの約束だって、迷走の最中の気休めである可能性が高いのだから。
それでも、当然行われるであろう現王との「親子の名乗り」という式典は、外交政策の必要もあって盛大に行われるはず。その準備も含めてまだ時間があるとスイーレが考えたとしても、無理からぬところだろう。
しかしである。
クーガーの言葉で気付くことがあった。
それは「今のクーガーであれば王家に対して強く出ることが出来る」ということだ。
何しろもう、王の隠し子であることは発表されてしまっている。これでは王家としても軽々に扱うことが出来ない。
恐らくは王家の名に畏まるという考えがあったのだろう。
だがニガレウサヴァ伯家の家風がそれをはねのけてしまった。
この辺り、王家の認識が甘いというしかないが、王家自身が自分たちの貴重さを信じない国にも問題があると言える。
とにかく、クーガーという規格外の青年が湖の宮殿に喧嘩腰で乗り込む結果になったのはある意味では必然であり、スイーレはそれを幸甚と受け止めることにした。
今の状況なら、クーガーに戦争させることが簡単だ、と。
実は、このあたりの計画もあやふやだったのだが、ある程度は形にすることが今なら可能だ。
そのためにはまず――
「クーガー」
スイーレは慎重に呼びかけた。
その声の響きだけで、重要なことを言われると察したクーガーが背筋を伸ばして、スイーレを見つめる。
「お願いがあるんだけど」
「ああ、わかった」
「……まだ何も言ってないけど」
「いいよ。今のスイーレ、あの時と同じ
瞬間――
スイーレは右目を右手で覆い隠した。すでに髪で覆い隠されていた右目をさらに奥にしまい込むように。
そしてスイーレは右目を覆い隠したまま、
「――王家に申し入れて、南方の騒乱に乗り込んで欲しいの。簡単に言えば戦争してきて」
と、子供のわがままのようにクーガーに告げた。
それにクーガーは訝し気な表情で応え、こう尋ね返す。
「それ王家関係あるか?」
「王家に見せつける必要があるの。近衛部隊を率いて行って。多分ここは時間がかかると思うから、行くのが決まったら報せて。出来ればどこに向かうのかも報せて欲しいけど……」
単純に南方と言っても、地域が広大すぎる。しかも近衛部隊を率いてという事なら、どこにでも行けるという事だ。
そんな自由度の高さでは、いくら机上の空論でも完成しない。
とは言っても、近衛部隊が進軍地点はきっぱりと軍事機密だ。
たとえ家族であっても共有するような内容ではない。
クーガーも流石にその辺りは理解している。
伊達に軍服を愛用しているわけでは無い。
だからこそ、スイーレの依頼でも断ると思われたが――
「それもスイーレが決めればいい」
そう返してきた。
一瞬、完全に虚を突かれたスイーレだったが、すぐに耳飾りの「雨」を激しく揺らす。
「……そうね。もう完全に踏み込んでるんだし今更よね」
近衛部隊の進軍地点を後から報せてもらうのは問題があるが、最初からスイーレが情報源なら理屈では問題が無くなる。
ただ、この方法を選択するとスイーレは王国の中枢に踏み込むという事だ。改めての覚悟が必要になるだろう。
そしてその覚悟を決めてしまえば、先に伝えておきたいことも出てくる。
だがそれを具体的に決めていいものかどうか……
「クーガー様。そろそろ出ませんと……」
スイーレの自虐的な呟きが、キンモルに潮時だと判断させたのだろう。
次の宿場予定地まで、何やらタイムスケジュールが出来上がっているらしく、クーガーを促した。
「あ、もう? でも割と話せたよな。それに久しぶりに――」
「クーガー。派手な男を狙って」
クーガーがソファから立ち上がりかけて、中腰になったところでスイーレは突然訴えた。
「え? それも……」
「あとそれと迷ったら、一番偉そうな相手よ。とにかく、いろいろあっても最終的にそれを捕まえれば何とかなるはずだから」
実にあやふやな話だったが、証明のための段取りが完成するかどうかも怪しい状況だ。
だからこそスイーレとしては具体的な名前を挙げて、ここでクーガーの動きを縛り付けるような指示は出しにくかったのである。
だが、このチャンスを見送ってしまうのことも出来なかったのだろう。
恐らくは傭兵隊長クンシランを目標にすることは変わらないだろうと考えて、自分の前から去ってゆくクーガーに、声をかけてしまったのだ。
言った直後に、恥ずかしさのあまりスイーレの顔が朱に染まったが、クーガーはそれを指摘することなく大きく頷く。
「よくわかんないけど、わかった。その二つだな――行くか、キンモル」
「は、はい……」
こうして、クーガーは「ラティオ」執務室を去っていったのである。
アウローラが淹れてくれたお茶に口をつける前に。
――まさに嵐のようであった。
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