それは完全なる奇襲
さて、そういう関係性であるのでスイーレがヴォミットを呼ぶように言い出したとしても、それに何の意味があるのかアウローラには全くわからなかった。
「ラティオ」に関係あるとすると、数日前もさんざんにやり込めて、ヴォミットに回れ右を命じたところである。
さすがに、ここからヴォミットに出版させよう、という事にはならないはずだ。何よりスイーレの信条に反する。
となれば、問題の「証明」に関係しているという事なのか。
アウローラは丸眼鏡を持ち上げることで主人に説明を要求する。
「ああ、もちろん例の問題についてね。だから多少は甘い言葉で誘い出しても良い。クランナを通した方が状況は整うわね」
文壇から押し付けられた男クランナ。
一般的な編集者としての能力は持っているものの、自分の好き嫌いを作家に押し付ける悪癖があり、スイーレそれにアウローラからの評価は最低である。
クランナが愛してやまないのは文壇で評価を受けている作品たちで、その中には当然ヴォミットの作品も含まれている。
だからこそ、と言うべきか文壇で評価されている作品についての熱狂ぶり、あるいは狂信具合は作家以上だ。
そんなクランナを焚きつけた方が、ヴォミットは顔を出すだろう、というのがスイーレの狙いだった。
それは瞬時に理解したアウローラであったが、やはりヴォミットを呼ぶ必要性についてはわからないままだ。
スイーレは「わかっている」とばかりに姿勢を正す。耳飾りにあしらわれた菖蒲が重々しく揺れた。
「基本的な方針としては、イラッハ伯と繋がっているとされる傭兵隊長クンシランを捕らえるのがベターだろう、と判断したわけ」
「ああ、コンピトゥム先生が仰っておられた……」
「そう。イラッハ伯と繋がっているのは間違いないと思うし、何より名前が売れている」
「という事は南方で最も被害を出している、ということですね」
「そう! ……と言いたいんだけど、そうでもないのよ」
「違うんですか?」
そんな何気ないアウローラの確認。
だがスイーレは途端に顔をゆがめた。
「そう。違うのよね。何を考えて、なにを優先して南方を動き回っているのかさっぱりわからない。行動に整合性が見出せないのよ」
その説明を聞いた途端、今度はアウローラの顔が歪んだ。
「……まさか、そんな理由でヴォミット先生を?」
かろうじて開いた口を塞いだアウローラであるが、その声にはどうしても「呆れ」の感情が滲みだしてしまう。
スイーレも自覚はあるのだろう。顔を朱に染めながら、
「い、一応南方でも例の『ケルヴス礼拝所』に何度も姿を現してるのよ。それも含めてヴォミットに話を聞こうと思って」
「では、礼拝所が何度も被害に遭っているんですね」
何より派手さで知られる礼拝所だ。
それが、ならず者と変わらない傭兵たちの破壊の的になっていると知ったアウローラは心を痛めた。
「いえ、それがそうでもないみたいなのよね。近くに住んでいる民からの報せによると――」
「応援のお手紙を送ってくれる皆様からの報せですね」
本当にスイーレは手札全てを使い切るつもりらしい、とどこか諦観の漂う声でアウローラが合いの手を入れる。
「そう。それによると、別に壊してはいないようなのよ」
「え? じゃあ……近くを通り過ぎてるだけですか?」
「そう……なるのかなぁ? 細かいところまでは当然わからないんだけど」
とにかく「ケルヴス礼拝所」は破壊されてはいないらしい。
それは民からの報せだけでは無く、ルージー経由の王国の公的な報告書にも記されているのだろう。
しかしである。
「だからと言って、ヴォミット先生がその理由を言い当てるとは思えないのですが……」
そんな頼りないヴォミットが、この場合スイーレの役に立つのかは甚だ疑問だと感じたのだろう。
「さぁ、それは……私にやり込められて何か勉強し直したとか」
「そういう方でしたか?」
「どうだろう? とにかくそればっかりが理由じゃないから。整合性を全く無視できる判断は私には想像もできないし」
つまり、おおざっぱに言えばスイーレは異なる発想、あるいは異なる整合性を求めているということか。
そう解釈したアウローラは小さく頭を下げた。
「――では、クランナに指示を出しましょう」
「お願い。まぁ、こっちにおびき出しさえすれば……」
ヴォミットごときは、いかようにも料理できる。
スイーレはそう考えており、それは全くの事実であった。
~・~
その翌日――
今はヴォミットもクーメイニに住んでいるのである。
わざわざ引っ越してきてまで「ラティオ」に持ち込もうとしている辺りは、健気と言えるだろう。今の状況を鑑みればそれを“幸運”と呼んでも良いのかもしれない。
そして二人がヴォミットを待ち受けている執務室。
ノックの音が響き同時に……
「スイーレ!! やっとこっちに来れた!!」
「クーガー!! どうして!?」
招かれざる客の襲撃を受けたのである。
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