苦渋の選択の果てに

 クーガーの特異性――


 それはつまり戦いの中でしか証明できない。

 その判断に至るまでスイーレは悩み続けたのである。


 何とかクーガーが危険な目に遭うことなく、周囲にも迷惑がかかることなく証明する方法はないか?

 しかし、そんな都合の良い話は無い――と先に証明してしまったと言い換えても良い。


 当然アウローラは、


「そもそもクーガー様が特別というのは、どういった内容ものなのですか?」


 と尋ねるわけだが、スイーレはそれに対して短く答える。


「説明できない」


 と。

 その返事を聞かされたアウローラは棒でも飲み込んだ表情になった。

 さすがにスイーレも、これだけではよろしくないと思ったのだろう。続けて、


「あの子も説明出来てないんだもの。それでも、何とかそれをわかる言葉に翻訳するとね……」

「翻訳って」

「全然、整合性が無くなってしまうのよね」


「整合性って、何に対してですか?」

「つまりそれは……この世界の常識に対して?」


 あまりにも大きくなった話に、アウローラはさらに混乱を深める。

 しかし、それではあまりにも主人に対して無礼であると、思い至ったのだろう。


「はぁ……それはまぁ。説明できませんね」

「そうなのよ」


 その結果、アウローラもまた訳が分からないのはそのままに同じ結論に達してしまった。スイーレは我が意を得たりとばかりに同意してくる。


 しかし、それで終わらせてしまっては、あまりに建設的ではないとアウローラは思い直した。

 そこで、結論はそのままに何とか輪郭だけは掴もうと試みる。


「……クーガー様の説明できない部分は、とにかく戦いの中でしか『証明』できない。そこまでは正しいのでしょうか?」

「そうね。どうもそうみたいね」

「それでは模擬戦とか、訓練とか――」

「戦争じゃなくて、言ってみればその前の段階で証明は出来ないのか? って事よね」


 ため息をつきながら、スイーレがアウローラの提案を先回りする。

 やはり、と言うべきなのかスイーレはしっかりその可能性を模索していた。


「それについては、私も考えたの。でも、求められているのは証明じゃない? そういう場合、相手が味方では証明にならないんじゃないかと思って。例えば模擬戦をした場合、相手が手加減をした、と主張されるとそれで証明としては危うくなってしまう」

「あ……それはそうですね」


 スイーレの指摘に、同意せざるを得ないアウローラ。

 そこに、さらにスイーレが畳みかけてきた。スイーレ自身の再確認の意味もあるのだろう。


「それに、それではあの子の危険性を認識できないと思うのよね」

「危険性……ですか?」

「そう。模擬戦とかでその部分を曖昧にしてしまうと、将来的には王国が危ういのよ。これは可能性の話なんだけど」


 可能性だけの話だとしても、あまりに話が大きくなりすぎている。

 そう感じたアウローラであるが、同時にスイーレはこの状況で妄想にとらわれる主人だとも思えないのである。


 スイーレが何よりも愛するのは「整合性」なのだ。

 で、あるなら大げさにしか思えない何らかの可能性にも、何かしらの理由があるのだろう。


 そして推理小説フィクションとは違う。

 その可能性が僅かでもあるのなら、見過ごすことはできない。何しろかかっているのは、スイーレを信じるなら王国の未来なのだから。


 となれば、クーガーに戦争をさせるというスイーレの判断にも何かしら「整合性」があるという事だ。


 その結論に大きな矛盾があるような気がするアウローラであったが、その矛盾がどこにあるのかを指摘できない。

 元より「クーガーの特異性」という、非常にあやふやなものが始まりなのである。これ以上は無理か、とアウローラは判断した。


 スイーレに「クーガーを戦争に行かせる」という非情な判断をして欲しくない。

 そういう感情が自分の考えを縛り付けているのだろうと、アウローラは受け入れるしかなかったのである。


 そもそもスイーレも、そしてクーガーも貴族なのだ。

 クーガーに至っては王族であることが判明したばかり。


 で、あるなら戦争への心構えは、自ずから平民である自分とは違っているべきで……


 ただわかるのは、クーガーの特異性の証明に関しては、自分は協力できそうもない。せめて「ラティオ」の仕事については精一杯サポートしよう。


 そんな風に、アウローラは決意した。



                ~・~


 それから一月ほどのち。

 順調に「ラティオ」の業務は遅れている。


 「ラティオ」の執務室は推理小説とは関係のない書類で埋め尽くされ、その量はすでにアウローラの整頓能力を凌駕していた。

 だがそれも仕方のないことだろう。


 戦争をさせると決めたとしても無作為に焚きつけるばかりでは、何の証明にもならない――とスイーレは強がって度々発言していたが、その実はクーガーを安易に死地に放り込むことは、彼女自身の感情が許さなかったのであろう。


 で、あるならスイーレが求めているのは、圧倒的な確実性。

 いうなれば「完璧な机上の空論」という矛盾した計画性。


 あらゆるコネを利用し――当然その中には兄であるルージーすらも便利に使い倒して――様々な情報を執務室に積み上げる。

 そして、ある時スイーレは黒く淀んだ声で、こうアウローラに告げた。


「……ヴォミットを呼んで」


 と。

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