「戦争」をするという選択

 結局、考え込むにしてもそれにふさわしい場所というものがある。

 スイーレの場合は言うまでもなく「ラティオ」の事務所だ。クーメイニの中心に位置しているので、その点でも便利ではある。


 ルースティグ伯から言質を取った次の日から、スイーレはこの事務所に通い詰めている。屋敷じたくには戻っていない。ホテル暮らしだ。


 何しろ「ラティオ」主宰としての仕事がなくなるわけでは無く、それと同時にクーガーについての“あやふや”な部分を証明しなければならなくなったのだから、忙しくなるのも当然のように思える。


 だが同時に「猶予は一年」という目算もあるわけだ。

 丸々一年が使えるわけでは無いだろうが、最初から無理をする必要はないはず。


 主人の健康面にも心を配るアウローラが、幾度か根を詰めないように申し入れた結果、少しだけではあるがスイーレも余裕を取り戻したらしい。


「――ちょっと待って。もしかして、しばらくクーガーに会わずに済んでる?」


 サファイアの光に彩られた左右不揃いの蝶の耳飾りを煌めかせながら、スイーレは取り組むべき問題と関係ない事柄を口にしたのだから。

 いつものデスクに上体を預けながら、どこか投げやりに。


「ああ……そうなりますね。お嬢様がこちらにいらしゃるのをご存じないのかもしれませんが――」


 王家から正式にクーガーが現王の血を引いている事が発表されたので、ニガレウサヴァ領に呼び戻された可能性もある。

 とにかくクーガーが訪ねてこなかったことも気付かないほど、スイーレは追い詰められていたという事だ。


 クーガーの不在。

 さらには、それを気付けなかったことでスイーレは自分の状態を客観視することが出来たらしい。


 それがまた癪に障る――結局クーガーの存在の大きさを自覚することになるから――という気持ちもあるのだが、もちろんそれは口に出さないスイーレ。

 その代わりに他に納得いってないことを思い出してアウローラに愚痴ることにする。


「……ねぇ? あれって兄上ずるくない?」

「あれって……あの時のルージー様の御言葉についてですか?」

「そうよ。あの時、兄上が証明してくれるっていうか、兄上が自分から証明を引き受けてくれても、それでもおかしくはなかったでしょ?」


 おかしくない。

 つまりは整合性があるという事だ。


 主人の言葉をそんな風に翻訳しながら、アウローラは小首を傾げる。

 今、アウローラは何とかスイーレに食事をとらせようと、サンドイッチを持ってきたところであった。


 そういった事情もあって、かなり優しくスイーレに返答することにした。

 この期を逃さす、スイーレに食事をとってもらうために。


「確かに、そのように解釈もできますが――」

「でしょ?」


 アウローラの目論見通り、スイーレは勢い込んで同意する。

 そんなスイーレの前に、アウローラはサンドイッチを乗せたトレイを置きながら、今度は思うところを、きちんと告げた。 


「――お嬢様がなさった方が、自然なように感じます。何しろお嬢様はルージー様よりはクーガー様と接しておられているわけですし」

「でも――」


 何とか抗弁を試みようとするスイーレであったが、途中で投げ出してしまった。

 同時に、それが自然の流れであるかのようにサンドイッチに手を伸ばすスイーレ。


 そのまま頬張って、ムグムグとサンドイッチを食べている内に、現状を受け入れたのか、はたまたアウローラの言うように自分が証明する方が整合性があると判断したのか。


 さらに差し出されたハーブティーのカップに口をつける。

 だんだんと目を座らせながら。さらにはドレスのカラーを緩めてしまった。


「お嬢様……」


 普通なら諫めるところではあるが、スイーレの疲労具合を鑑みると仕方ないか、アウローラも諦めてしまいそうになる。


「いいのよ。どうせ私たちしかいないんだから」

「……それでしたら、一度お部屋にお戻りになられれば?」

「うん。そういう判断が必要みたいね。決断と強い言葉を使うべきかもしれないけど」


 上体を起こすスイーレ。

 同時に耳飾りの蝶が羽ばたく。


「やっぱり他に選択肢はないわね」

「それではホテルにお戻りに――」

「それではなく基本方針よ。証明するために何をすればいいのか」


 お腹に幾らかは食べ物が詰め込まれたことで、その覚悟が決まったとするなら、使える身としては喜ぶべきなのだろう。

 しかしこの時、アウローラはそれと反対の予感で身を固くしていた。


 スイーレはそんなアウローラの様子に何かを察したのか、不敵な笑みを浮かべて、こう言った。


「戦争――。結局はそれを選択しなければならないようね」

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