それは恋でなく
こうしてクーガーは神聖国に行くことが決定事項になった。
というか、王国はこの外交を失敗できなくなった。
王家のとしての威儀を整え、且つ神聖国の面子を重んじていることを示すためにも、すぐさまクーガーを神聖国に送り出すわけにはいかない。
そんな風に軽々に扱われている者を神聖国に向かわせれば、それは神聖国への侮辱となるからだ。
ヒストリアの読みでは、最低でも一年は王国でクーガーを仕込まなくては神聖国は納得しないだろうという事だった。
つまり王妃殿下は一年経ったらクーガーを送り出すという事。
婚礼の段取りまで含めると、クーガーの仕込みとこの段取りは同時に行われる可能性は高くなるとのことだ。
南方の問題もあるので、確かにその読みには説得力がある。
だがしかし――である。
私はこの未来図には、不安しか覚えることが出来ない。
だからこそ、私よりは事情を知っているはずの父上に確認するためにやってきたのだ。望みをかけて。クーガーが神聖国に行かない可能性を求めて。
「しかし……スイーレ。君は元々、婚約には反対であったと記憶していた」
さすがに父上も、私が今の状況について反対であることを察してくれたようだ。
そうすると、私が不満に思う理由としては婚約破棄についてであると考えられるだろう。
それはわかる。
それこそ整合性がある考え方なのだから。
「それに、王家から見舞金を拝領しているぞ。名目はどうあれ、口を出したことに対する賠償金だな」
「その点に関しては父上を信頼しています。抜け目は無いと」
「では……そうだな。神聖国との間柄が穏やかになれば、それは我が領にとっても歓迎すべきことでもあることも」
「それも重々」
わかっているのだ。
父上としてはそういう判断になるだろうという事も。
関係が穏やかだと錯覚している内に、神聖国――うちの領と接している地方ぐらいは取り込んでしまおうという目算があることも見えてはいるのだ。
けれどクーガーの存在は……
「それではやはり、君がクーガーにこだわっているようにしか思えぬな」
「それは」
「それに君は、元々神聖国が大嫌いであろう? クーガーが神聖国に向かうこと自体が我慢ならない、とも考えられる」
ああ、父上。
言葉にしてしまうと、その全てを肯定するしかないことがわかる。
確かに、今の私はクーガーにこだわっているし、神聖国については滅んでしまえとさえ考えているし、実際にそれを画策していたりもしている。
ささやかな企みだけど。
……そうか。
つまりはそれと同じか。
「父上。確かに今仰られたことは正しいのです。私もそれを自覚しました」
「ふむ。では、現状に反対することは君のわがままと――」
「ですが父上。父上は現状を把握するのに、重大かもしれない情報をご存じない」
父上の言葉を遮って、私はそこまで言い切った。
すると父上は髭を横にしごく。そして私に譲るように沈黙で私を促した。
「――ですから少なくとも、私がクーガーを恋しく思い、それを基準に反対しているわけでは無いとご理解いただきたいのです」
「では、重大かもしれない情報が重要なのだな。聞くだにあやふやな物言いだが」
「それは……」
その通りなのだ。
私はそれについて確かな情報を持ってはいない。
子供の頃に見た、あの異様な光景。
あれが本当なら。それが今も変わらずにあるとするなら。それどころかさらに成長していたのならば。
今は私自身が整合性を否定しなければ、どうやっても父上に説明できないという不合理がある。
そして私は不合理を説明する術を……
「父上」
私の思考が完全に停止してしまったその時、横合いから兄上の声が聞こえてきた。
父上が髭をしごきながら兄上を見る。
「何か?」
「恐らくは……私はスイーレの危惧を何となくですが察しております。ただ――」
「ただ?」
「説明するのは……難しいです」
やっぱりあやふやになってしまうか。
兄上は兵を預かっているし、ニガレウサヴァ伯家との合同演習もあったはずだ。
だとしたら私が見たあの異様な光景、兄上もまた見ている可能性がある。
そして、兄上と私。あやふやであっても二人から今の状況の危険性を告げられたことで、父上も少し揺らいだようだ。
その揺らぎに忍び込むように、兄上が私に話しかけてきた。
「スイーレ」
「はい、兄上」
「あやふやなままでは、誰にも伝わらない……確かこういう時は証明しなければならいんじゃなかったか? 君の好きな小説では」
兄上から鋭い指摘。
確かにそうなる……のか?
「父上。しばしの時間をスイーレに与えてもらませんか? クーガーが実際に神聖国に向かうまでに幾ばくかの時間がある……あるように思いますので」
そうだ。
おそらくは一年。
それを頭の中で付け足すために意識をそらしていると、父上と兄上が何だか対決しているような状態になってしまった。
こういう時、兄上の猫背はなんだか迫力がある。
それに何より、父上は兄上の言葉を大事にしている。
頼りにしていると言い換えてもいいだろう。
「――よろしい。一つの考えで凝り固まるのは確かに危険でもある」
やがて父上が、口を開いた。
「この度の王家の思惑に私が反対することはない。ただし、君がクーガーにまつわる何事かを証明しようとすることも咎めはしない」
「わかりました」
すぐさま、私はそれを了承した。
父上相手でこれだけ言質を取れたのなら上出来だろう。
「ただし」
そんな私の判断に水を差すように、父上は一言添えてきた。
「慎重にな、スイーレ」
私は頷きながら返事をする。
「――確かに、承りました」
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次から三人称に戻ります。
よろしくお願いします。
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