外交戦略と王位継承
「わ、私の作家たちの中には聡い者が多くいますから」
「なるほど」
父上のシルエットに思わず気圧されそうになったけど、かろうじて言い返すことが出来た。
ここで黙り込んでしまうと、父上にペースを握られてしまう。
そして私は深呼吸。
何しろこの部屋に辿り着くまで駆け通しだったからね。
早いけれどここで仕切り直しだ――ん?
「あら、兄上。お見えになられていたんですね」
執務室の片隅、勢い込んで踏み込んだ私にとっては死角にあたる場所に兄上――ウォールデジストがいた。
相変わらず疲れ切った表情を浮かべている。
いつも通りの猫背。仕立てが良いはずの緋色のフロックコートが褪せて見えた。
その色に合わせたような――逆ね――濃い赤色の髪にもほつれがあるようで無いようで。
「実はいたんだよ……久しぶりだねスイーレ」
「ええ、お久しぶりです。やっぱり
「いや~……それはね~」
髪と同色の瞳が惑うように揺れ動いた。
甚だ頼り無いんだけど、これでも
それもかなり有能らしい。
だからこそ、今回の婚約破棄に始まるこれからの動きに関しても知らないはずはないと思うのだが……あ、その様子だと兄上も先ほど知ったばかりみたいね。
私がそうやって状況を把握するのを見計らっていたのだろう。
父上から声をかけられた。
「それで、スイーレ。君たちはどこまで考えた? 正直に言うと私も王家から正式に通達されたのはつい先ほどなのだ」
「ああ、それで……ウチの家は本来なら関係無い――は言い過ぎですか」
「言い過ぎとも言えるが間違ってはいないね。どちらかというと関係性が薄い、と言った方が良い。我が家で最も関係が“厚く”なるのは無論、君だ」
「それはどうでしょう? 神聖国との国境に面しているルースティグ領こそ、つまり父上こそ最も関係深いはずです」
「そういう考え方もある」
そこで父上は髭を横にしごきながら一呼吸置いた。
「しかし王家としてはわが領と神聖国の関係性を薄くしたいと考えているようだ。――なるほど。正確に考えられているようだ」
「はい。クーガーを神聖国に送り込む。いえ、神聖国の誰かと婚姻させる。もちろん王家と家格が釣り合う重鎮の家系と結びつきを深めるために。それが王家の狙いだと。そう見抜いた者がいます」
そう。そこまで推理したのだ、あのヒストリアは。
「では父上。この推理は正しかったのですね」
「正しい。それは民の間でも?」
「そのうち知れ渡るでしょうね。そこまで考えている者は少ないでしょうが。今は私とクーガーの婚約破棄の方が……面白いようで」
「そして次には、殿下の身の上が明かされる。なるほどよく出来ている」
その父上の言葉に、私は苦笑が浮かんでくるのを止めることが出来なかった。
民の歓心を買うような順番になったのは果たしてそこに作為があるからなのか? ヒストリアの見立ててでは、そこまでは言及されていない。
婚約破棄が最初になったのは、先にクーガーの秘密をばらしてからでは、元・婚約者――私の事だ――に王家に入れるかもしれない、とをぬか喜びさせてしまうことになるからだ。
私のバックには父上の存在もあるし、婚約破棄が最初の手順になるのは間違いない。
そして王国内の話で済むのなら、そのまま新たな婚約相手を発表という段取りになる。
国内である限り王家の権威がものを言うからだ。しかし神聖国との政略結婚が目的とするなら、そう簡単にはいかない。
これにはコンピトゥムとさんざん遠回りした推理も役に立った。
王国南方の混乱。これもまた今回の事態に一役買っているからだ。
王国はこの混乱を一気に片付けようと、兵の動員を考えている。
だが神聖国側、つまり西への防備も疎かにできない。ならばせめて南側に注力している間だけでも神聖国には大人しくなっていて欲しい。
これが政略結婚の最大の目的だ。
もちろん、そのまま恒久的な平和が訪れても構わないという計算もあるのだろう。
――さらにだ。
そもそもクーガーがニガレウサヴァ伯爵の元に預けられた理由を考えてみると、王妃殿下の思惑も無視できない。
というかこちらが本命の可能性もある。
ヒストリアはむしろこちらの理由から、推理を進めていった節もあるからだ。
王妃殿下は無論、王太子殿下に王位を継がせたい。
自分の子供だから、それは当然の理由になるだろう。
だが、そこにクーガーという存在があるとするなら?
一気に話が難しくなってくる。
特に王太子殿下の御身体がすぐれない、なんて話が出ているのなら、確実にも揉める。いやクーガーを本命扱いにする廷臣も出てくるだろう。
どうやら王宮内ではクーガーの存在は「知る人ぞ知る」という状態であったようで、ここ最近はクーガーの話がよく出ていたようだ。
……しかしヒストリアの地獄耳め。
稼ぎの全部を使って、社交界で遊び回っていると聞いてるけど、それが職業意識の高さであるかは論議がわかれるところね。
こうして外国戦略上においても、王家の家庭内事情においても、クーガーは神聖国に向かうだろう――と、ヒストリアは推理して見せたのである。
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