クーガーの秘密

 ルースティグ伯爵家うちの屋敷はクーメイニの郊外にある。

 ……簡単に言ってしまうとだ。


 推理小説の中でもいわゆる「館もの」の場合はそれで充分説明になる。要は建物の周りに他の建物が無い、という状況が伝わればそれでいいのだから。


 ところがこれがスパントの書くものなら話が違ってくる。

 「クーメイニから馬車で一点鐘」ぐらいは平気で書く。何ならもっと細かく。


 つまりクーメイニから屋敷うちまで行って、戻ってくるのにおおよそ半日かかるといういう事になるわけだ。


 クーガーは馬に乗って屋敷にくるわけで、もっと早くなるんだろうな。

 キンモルも災難な話だ。そもそもニガレウサヴァ領――もっと北から訪ねてくるわけで、うちの馬丁頭のアプリシスがぐちぐち言うのも納得だ。


 ……その割には嬉しそうなのよね。


 あの子、やること無茶苦茶なのに結構慕われてるのよ。

 そういえば兄上も……


 とにかく私は今、馬車に揺られてルースティグ伯爵家うちの屋敷に向かっている。父上に会うため、というか父上に確認するためにだ。


 父上が事実上の領都であるクーメイニから離れた場所に居を構えているのは、


「私が近くにいては、民もやりにくかろう」


 という名目になっている。

 ところがクーメイニの皆からは、


「じわじわとクーメイニが神聖国まで広がっていっても、知らぬ存ぜぬで済ますつもりだ」


 なんてことを言われている。

 実のところ私も、そっちに賛成だ。


 娘からも領民からも胡散臭い扱いされている父上。

 これから、その父上に確認しなければならないのだ。


 ――王家の思惑について。


                 ~・~


 王家が私たちの婚約を破棄するように申し入れた理由。

 それはある発表で明らかになった。


 即ち、


 ――ニガレウサヴァ伯の継嗣、クーガーは現王の血を引いている。


 というものだ。


 どうにも発表が控えめすぎて詳細がわかりづらい。こういう時は民たちの言葉の方がよほど便利なものだ。

 つまりクーガーは王の愛人との間の子供、という事になるらしい。


 愛妾との間という事ではないらしいのよね。

 それならもう少し話は簡単だったのかもしれないけど。


 この事実が判明した時、思わずニガレウサヴァ伯爵夫人の姿を思い浮かべたものだ。

 私の姑となる予定だったご婦人で、爵位保有者の姿を。


 それが何故、王の隠し子を育てることになったのか……なんてことまで思いを巡らせると同時に、


「あの伯爵夫人なら、何でも受け入れそうだ」


 と納得してしまった。

 何しろあのクーガーを育てた人だからなぁ。


 土地柄のせいか何事も豪快な方で、何というか曖昧なのだ。

 「領主」という言葉と「首領」という言葉の境目というか、それを区別するべき基準が。


 こういったクーガーにまつわる秘密。

 あるいは王家の思惑について。実はヒストリアの推理は半分ほど当たっていたのである。


 ヒストリアは実の息子では無く猶子、つまりは王家の養子としてクーガーを迎え入れる計画があるのだろう、と推理して見せていたのだ。

 

 まさか本当に王家の血を引いているとは、ヒストリアも私も思わなかったが、結果はさほど変わらないだろう。

 そして問題はクーガーを王家に迎え入れて後、王家はどうするつもりなのか。


 いや、何をさせるためにクーガーを迎え入れたのか?


 と、言葉を組み替えた方が実情には合っている。

 その方が婚約破棄を申し入れた理由が鮮明になるからだ。


 もちろん、ヒストリアはそこまで推理して見せている。

 あんな姿形なりなのに。


 だが、それが本当だとすると――実によろしくない。

 まったくもってよろしくないのだ。


 私はそれを確認しなければならない。

 何なら父上の髭を横に引っ張っても。


                ~・~


 出迎えに現れた家宰のブーバルスを振り切って、私はアウローラを引き連れて屋敷の中を進む。


「お待ちください! 閣下にお約束は――」

父上が、私が来ることを予想してないはずはないわよ。どうせ執務室で髭でもしごいて待ってるに違いないわ」


 そう。

 これぐらいの事、予想してもらわなくては困るのだ。


 そしてヒストリアを見習って、ノックと同時に扉を開けて執務室に飛び込んだ。

 自分で扉を開けたことに、アウローラがため息をついているけど、そんなの今更だし、そんな事態でもない。


「おや、スイーレ。予想より早いな」


 実際、そう声をかけてきた父上からは慌てている様子が微塵も窺えない。

 出窓になっており、採光夥しい陽光を背に背負いながらデスクの向こうに悠然と佇んでいる。


 そのデスクの上には、一枚も書類が無い。

 言葉とは裏腹に、私の来訪時刻まで読み切っていたのだろう。


 真っ黒なフロックコートを身に着けているのはインクの汚れが目立たないから。

 棒タイを身に着けているのは、作業の邪魔にならず伯爵としての威厳を保てるから。


 何事も効率重視が父上の生活信条だ。


 それなのに、あの口髭。

 横にピンと伸びた口髭はそろそろ肩幅をオーバーしそうなんだけど、誰か止めるように注進する臣下はいないのかしら?


 半白の髪は綺麗に撫でつけられているから身だしなみに手を抜いているわけでは無い。というか気を付けていないと、あの口髭は維持できないわけで。


 そして今の父上は光を背中に受けることによって、その表情が見えない。

 髭のせいで異様なシルエットを私に見せつけているだけだ。


 ――これが私の父上、ルースティグ伯ケルヴスアルテ、である。

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