ヒストリアはお見通し?
「いや、そこは噂のレベルですけどね。何しろ南方で唯一ゴタゴタに巻き込まれていない。それだけにやっかみもあるかと思いますよ」
「その程度なの?」
「いや……さらに詰めていくと、一番大きい傭兵団を率いるクンシラン……だったかな? そいつがイラッハ伯と通じているのではないかという話が出てきまして」
そこまで聞いて、スイーレの表情は再び訝し気なものに変化した。
「それも似たような信頼度になるんじゃない?」
「まぁ、そうなんですけどね。ただ傭兵団がイラッハ領で狼藉を働かないのは事実ですから」
「傍証はあるってことか……」
そこで、スイーレはいったん納得した。
そして元々の疑問を思い起こし、
「――そのゴタゴタの対処に王国の歳費は優先されているというわけね。というか優先して欲しいんだけど」
という結論に辿り着いた。
コンピトゥムも頷きながら、それに同調する。
「公子が問題解決に赴くにしても王家から援助があるはずです。シーミア公爵家には陛下の妹が嫁いでおられますし」
「そうね。公爵家って要するに王家に近しい家柄だから、それが無くても結局協力するでしょうし……そうなると
だが、実際には払われている。
確認はしていないが、父の拝金主義を考慮に入れなかったとしても、婚約破棄が王家からの指示なら必ず賠償金は支払われるはずだからだ。
南方のゴタゴタが治まらない現状で、何故そんなことをするのか?
ここまで考えを巡らせたスイーレの目が、突如大きく開かれる。
耳飾りが縦に大きく揺れた。
「スイーレ様?」
「お嬢様!?」
同時にコンピトゥムとアウローラから声が上がる。
それを制するようにスイーレの右腕が上がった。
「……大丈夫よ。気分が悪くなったわけでは無いし、身体の不調が起こったわけでは無いから」
「本当に大丈夫なのですか?」
それでも主人の身を案じるアウローラ。
スイーレは振り返ると小さく頷いて見せた。
「大丈夫だから。別に危険なことはしてなかったでしょ? いきなり容態が悪くなるような病気を私が持っていないことも知ってるでしょうに」
「それは……そうですが……」
「では、王家のやり方に何か原因が?」
コンピトゥムがそう尋ねてしまう。
いやそう尋ねざるを得なかったと言っても良いだろう。
安心するためにも理由は必要だからだ。
スイーレもそれは感じていたのだろう。
小さく頷くと、
「大きな意味ではそうなるわね。結局何もわからないんだから――ああ、コンピトゥムが悪いというわけでは無く、推理を進めるための材料が足りない。そう思ったわけ」
「はぁ……それはそうなんでしょうけど」
コンピトゥムは賛成しつつも戸惑いの表情を浮かべていた。
その理由ではスイーレの反応が説明できないからだ。
つまり整合性が無い。
とは言っても、それを追求するにしても確かに材料は足らないし、踏み込むような立場でもない。
コンピトゥムはそこで推理談義の終了を受け入れることにした。
コンコン!
その瞬間に響くノックの音。
すかさず、
「お邪魔するわね!」
と、叫びながら踏み込んでくる乱入者。
ノックの意味が全く無い。
飛び込んできたのは色付き眼鏡をかけた恰幅の良い女性だった。緑地に黄色い花柄のドレス。高く結い上げたブラウンの髪には金粉がちりばめられていた。
圧倒的な派手さ。この女性が誰かというと――
「ヒストリアじゃない」
「ヒストリア先生」
「……ヒストリア先生」
部屋にいた三人が三者三様にその名を告げた。
その女性、ヒストリアはスイーレに視線を向けて、
「スイーレ様、取材費を少し融通していただきたいと思いまして。ちょっと出物の文献がありまして……あら? 何か取り込み中?」
やっとのことでヒストリアは部屋の雰囲気を察したらしい。
ヒストリアもまた「ラティオ」が誇る推理小説家だ。
得意な作風はおどろおどろしい内容。それを支えるのは入り組んだ血脈に秘められた動機である。そういった動機でリアリティを持たせることで、整合性と悍ましさを同居させていた。
こんな
結婚しているのに。
「あら~、面白そうな事してるじゃないですか!
こんなに明け透けなのに。
主にコンピトゥムから説明を受けた瞬間に、ヒストリアは快哉を叫んだ。
どう考えても単なる賑やかし。
三人がどうやって切り上げようかと逃げ腰になった瞬間――
「でもですねぇ~、それ簡単な話ですよ。私に言わせれば明明白白」
と、ヒストリアは言ってのけた。
「え? ちょっと待って。王家が絡んできてる理由が謎の中核なのよ? それがわかるの?」
たまらずスイーレが重ねて問うと、ヒストリアは顎を肉に埋もれさせる様に深く頷いた。
そして、底冷えのする笑みを浮かべてこう言うのである。
「はい。どう考えてもそれしかありません。王家が絡んでいる理由は――」
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こんなタイミングですが、次からスイーレの一人称になります。
よろしくお願いします。
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