王国南方の事情

 王国の南方とはつまりチュイン帝国にとっては北方の事、という事になるわけだ。

 東西に長い国境線を挟んで、王国と帝国は「愛すべき隣国」と「憎むべき仇敵」という関係性を行き来している。


 王国南方は現在のところ各所領を治める貴族たちの関係がよろしくなく、そこに帝国がちょっかいを出してきている、といった状況だ。

 もちろん親切めかして、という建前も忘れずに。


 貿易も行われているし、人の行き来を禁止しているわけでもない。

 それでも「あわよくば」という本音が見え隠れしている。いや、わざとそう見せて王国にプレッシャーを与えるという政略を採用していると言った方が良いだろう。


 ここでクローズアップされるのが国境線の東端。

 アハティンサル地方ということになる。


 この地方には特殊な民族が割拠しており、王国も帝国も明確な支配下に置けないままだ。こういった状況を利用して、小競り合いの落としどころとして何度も割譲されあっている。


 それがアハティンサル地方だ。


 南方の混乱が始まった時には明確に帝国領であったことから、アハティンサル地方の部族は一応帝国への義理で動いており東方から王国を扼す動きを見せていた。


 何しろ、その戦闘力の高さが知れ渡っているアハティンサル地方に住まう部族。

 動いた――ただそれだけで南方に緊張が走った。


 いよいよ南方で本格的な戦争になるかと思われたが、ここで王国側に人物が現れる。

 いや、注目を浴びることになったというべきか。彼は最初から南方にいたのだから。


 王国南方の抑え。あるいは総括。

 そういった立場にあるシーミア公爵家。


 その公子であるクイスクリアゥムが武人としての才を発揮し、アハティンサル地方からの干渉を封じてしまう。

 いやそれ以上に帝国に不手際を認めさせ、アハティンサル地方の割譲を認めさせたのだから、むしろ政治家として傑物であったのかもしれない。


 とにかこれで南方から帝国の影響はなくなったはずなのだが、一向に沈静化する気配はない。王国と帝国の戦争という局面からは脱したはずなのだが――


「それはどうして?」


 そこまで南方の説明を聞いていたスイーレが素直にコンピトゥムに尋ねた。

 コンピトゥムは作家として重要な取材能力も高い。浮名を流しているのも情報収集が、そんな形で世に知れることになった――


 ――という可能性も無きにしも非ず。


 とにかくコンピトゥムのもたらす情報にスイーレは信頼を置いているという事だ。

 そしてコンピトゥムはその信頼に応えるように、淀みなく答える。


「理由だけを挙げるなら南方をウロウロしている傭兵団たちが原因です」

「傭兵団? ああ、戦争になるかと思って南方に集まってるのね」

「傭兵団といっても、それは破落戸ごろつきと変わらないんですけども」


 そこまで言ってしまえば、


「それ以上の説明は不要だろう」


 とばかりにコンピトゥムの言葉が止まった。

 しかしスイーレはさらに説明を求める。コンピトゥムは仕方がないとばかりに肩をすくめる。


「つまり……傭兵団はそのまま強盗団になるわけで。これが厄介なんですよ」

「それぞれの領主は何をしてるの?」

「……帝国がちょっかい出してたので、今でもお互いに睨み合いみたいな状況なんですよ。そうすると傭兵団を雇っておきたい、みたいな欲求も出てきますから積極的に排除は出来ない、とこういうわけです」


 領主、つまりは貴族同士のいがみ合いが南方の安定を乱しているという事らしい。王国ではさほど珍しくはない話なのだが……


 さすがに暗澹となるスイーレ。

 しかしコンピトゥムの説明には続きがあった。


「実はですね――そういった傭兵団のいくつかを操っていると思われる人物がいまして」

「操ってる? やっぱり南方の?」

「南方は南方なんですが、イラッハ領……つまりイラッハ伯ですね」


 それを聞いて耳飾りを揺らしながらスイーレが小首を傾げる。


「イラッハ領……聞いた覚えがあるわね」

「それはそうでしょう。『コードラ邸事件』の舞台ですから」

「ああ!」


 と、訝しげな表情を浮かべていたスイーレの表情に理解が浮かんだ。


 言うまでもなく「コードラ邸事件」とはクルタス・ムンディシオ著の長編推理小説である。推理小説マニアの二人が知らないはずはない。


 神聖国との国境に聳え立つミリア山脈とテプラ山地に囲まれた、一種隔離されたような地方がそのままイラッハ領だ。

 アハティンサル地方と同じように半ば独立しているような雰囲気もあり、そのため捜査が行き届かない。


 それが「コードラ邸事件」の重要な背景でもある。

 ムンディシオの筆致は事細かにイラッハ地方の風景、そして歴史や風俗を描写しており、それはそのままイラッハ領の報告書としても機能していた。


 推理小説を通してスイーレは世界を知るのである。

 コンピトゥムの場合は実際に赴いている可能性もあるが。


 アウローラは蚊帳の外となってしまうが、さすがにこの状況でイラッハ領について詳しい説明を求めることはなく、大人しく続きを待っている。

 何しろ、二人の話し合いの肝要な部分は地方の観光案内ではない。


 だからこそスイーレはそれを見失わなかった。

 それをダイレクトに確認する。


「それで、イラッハ伯が黒幕なの?」

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