結局は王家の問題

 自信満々に推理を放つコンピトゥム。

 スイーレは、その推理に説得力があることは認めた。これが小説の設定なら素直に受け入れることも可能だろう。


 だがしかし、そのコンピトゥムの推理には問題があった。

 その理由は大きく分けて二つ。スイーレはまず一つ目を挙げることにした。


「あのね。私友達がいないの」

「は?」


 いきなりの告白に、コンピトゥムが間の抜けた声を上げる。

 しかしスイーレは構わず続けた。


「ということはよ? そもそも恨まれるほど親しく交わった相手も思い浮かばないの」

「お嬢様。せめて社交界にはご友人がいない、とされた方がよろしいかと」


 あまりにもな主人の告白に、たまらずアウローラがフォローを入れた。

 ……あまりフォローにはなっていないようだが、確かにそれはコンピトゥムの推理を根本から揺さぶる証言である。


「それでは……いや、その前に本当にご友人が?」

「ええ。何しろお嬢様はずっと、ず~っと推理小説に夢中でしたから。ご友誼をはぐくまれる幼少のみぎり、ひたすら技巧的な人の殺し方を口にされていましたから」


 それを聞いたコンピトゥムは思わず瞑目した。

 それでは近づく令嬢もいないだろう。だが、すぐに新たな可能性に気付く。


「そ、そうです! 人の殺し方というか、そればかりではありませんが要は推理小説が中心にあるわけだ。であるなら現在いまは? 『ラティオ』のファンもおられるでしょ?」

「それはそう。そうしたら、どうして恨みに思ったりするのよ?」

「あ……そうですね」


 コンピトゥムの肩が目に見えて落ちた。

 さらにスイーレが追撃を行う。


「で、相変わらず個人的に親しくしてる相手がいるわけでは無いし。新年の挨拶で登城した時にすれ違うぐらいかな?」

「基本的にお嬢様に届く手紙というのは『ラティオ』宛で、作家の先生方へのファンレターの仲介がほとんどです」


 アウローラまで加わって、スイーレの社交界での交友関係の狭さを証明していく。

 これだけでコンピトゥムの推理はとどめを刺されたも同然であるのだが、実は推理を否定する強力な材料がもう一つあった。


「先ほども言ったけど婚約破棄を申し入れたのは王家なのよね。王家が貴族同士のゴタゴタに介入してくると思う?」

「それは……あるんじゃないですか?」

「ううん。しないわ。王家って言うのは貴族同士のゴタゴタむしろ大歓迎だから。介入してくるとなると、当然見返りを要求してくる……」


 そこまで言及して、スイーレも改めて事態の異常さを再確認した。


 まず王家とは言っても、一昔前は他の貴族と変わらない家格の家であることを説明しなければならないだろう。


 それが「王様でござい」となっているのは時代の流れ、そして貴族同士の力を操って王家にそれが向かないように調整しているからだ。

 だから貴族同士のゴタゴタは基本放置であるし、介入するのなら当然恩を着せてくるはず。


 となればスイーレの実家であるルースティグ伯家か、クーガーの実家であるニガレウサヴァ伯家にトラブルがあってこそ整合性は保たれるはず。

 だが、スイーレの知る限りにおいては、そういったトラブルはなかったのである。


「……そうね。やっぱりおかしいのよ。王家が介入してくるという事態が。これが謎の中核かもしれない。今まではお父様が娘を売ったと単純に考えていたんだけれど」


 それに自分にとっては婚約破棄は願ったりだったので、深くは考えなかった――と、胸中で付け足すスイーレ。

 そのためかコンピトゥムにしてみれば、不穏当すぎる結論を他人事のように語るスイーレが残るだけ。


 「ラティオ」主宰としてはレーベルの品質維持に関して頼もしいと言うべきなのだろうが、妙齢の淑女としては、やはり異形と言うしかない精神の持ち主だ。

 彼女に対してどういう感情を持てばいいのか――同情……なのだろうか?


「コンピトゥム、ちょっと確認したいことがあるんだけど。今の王家って経済的に余裕がある感じなのかしら? つまり父上の要求に応えることが出来るだけ余裕があるのかってことよ。ニガレウサヴァ伯にも同様の要求は為されていると仮定しても良いわ。つまりますます出費が増える」


 その同情すべき相手から頼みごとをされた。

 コンピトゥムは半ば自動的にその答えを模索してしまう。そして模索した以上、またも自動的にその結果を口にしてしまう。


「ああ……それは難しいかもしれません。南方のゴタゴタが片付く兆しが見えないようですし」

「そうなの? アハティンサルは確か帝国から割譲されたって聞いたけど」

「それは……確かにそれは成果かもしれませんが結局、国内のゴタゴタが終わってませんからね」


 コンピトゥムはシニカルに呟いた。

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