推理遊戯

 そのコンピトゥムの推理は、言って見れば「いまさら何を?」のレベルで否定されることが分かり切っていた推理でもあった。

 しかしコンピトゥムの立場としては、まだ確認すべき情報があることも事実。


「クーガー様が婚約されていない、あるいは他から婚約したという報告がなされていないことは間違いないのですか?」

「あ~……それはどうなの?」


 と、今度は背後のアウローラに振り返って確認するスイーレ。コンピトゥムもそれに続くようにその視線を追った。

 二対の視線を受けたアウローラは丸眼鏡を輝かせながら、


「今のところ、そう言った声は社交界に上がっていないようです」


 と、短く報告する。

 あまりに短く、まるで待ち受けていたような答え方であったので、視線を向けていた二人は思わず黙り込んでしまった。


「……では、これも可能性の追求。それに新たな婚約発表がなされていないことについても、ある程度説明できるかもしれません」


 やがて何かから逃げ出すようにコンピトゥムが、推理の続きを始める。

 それに視線を戻したスイーレが頷きを返した。


「聞かせて」

「ええ。つまりクーガー様に横恋慕したから婚約を廃棄させた。ではなくスイーレ様に恥をかかせるために婚約を破棄させた。この可能性はどうでしょう?」

「ああ……なるほど。そういう動機は説得力があるわね」


 貴女が嫌わてるんですよ、とコンピトゥムが言ったも同然なのだが、その辺りはスイーレにとって全く問題にはならないらしい。

 アウローラの表情だけが険しくなっていくが、今更の話ではある。


「それで、新しい婚約発表が為されていないというのは? どういう理由になるの?」

「僕が言うのもなんですが、動機から無茶苦茶ですからね。破棄させたのはいいが、そこから上手くいかなかった。元よりクーガー様を好きなわけでもないので、それ以上は動かなかった――あたりでどうでしょう?」


 その推理を聞いて、スイーレは自らのこめかみをトントンと叩く。

 耳飾りが涼し気な音色を響かせた。


「――あなたの推理は無条件でどこかの令嬢が首謀者として想定されているけれども、これ別に令嬢でなくてもいいわよね」

「ああ、それは確かに。家同士の確執という可能性もあります。むしろその方が確率は高いかもしれません」

ルースティグ伯家うちは嫉まれてるからねぇ」


 と、苦笑を浮かべながらスイーレはコンピトゥムの推理を肯定したかのように振る舞う。だが内心では「それはないな」と否定していた。


 家同士の確執が理由なら、ますます発表を遅らせる理由がない。さらに家同士の確執で婚約を破棄させたではあまりに外聞が悪いから、表面上は「娘の恋心に絆された」という形を整えるだろうと考える方が自然だ。


 だからコンピトゥムの「首謀者は令嬢」という前提は思考が硬直した結果では無くて、それらしい可能性を自然と取捨選択した結果なのだろう。


(それに……)


 スイーレは頭の中でさらに推理を進める。


 新たな婚約が発表されない理由が、ただの不手際であった場合。

 間違いなくクーガーがジッとはしていない。いや今だって大人しくはなっていないのだが、長年の経験上、クーガーはそうはならないだろうという推測が成り立ってしまうのだ。


 婚約破棄については異常なほど前向きであったクーガーではあるが、だからと言って積極的に破棄を受け入れるとは思いにくい。

 逆に婚約破棄の指示が強固であるからこそ、それを突破するためにおかしな理屈を考えだした。


 ――この方がスイーレにとっては整合性のある考え方なのである。


 こんな風に結論を出したスイーレは傾いていた頭を逆方向に傾けると、


「他には考えられる?」


 と、さらに要求した。

 それを受けてコンピトゥムは笑みを浮かべた。この推理遊戯を続けることに楽しみを見出してしまったらしい。


「では、こういうのはどうでしょう? 今までの推理の組み合わせになりますが」

「組み合わせ?」

「まず、スイーレ様を面白く思っていない令嬢がおられる」


 あくまで「首謀者は令嬢」というスタンスは崩さないらしい。

 それがあらゆる推測にフレキシブルに対応できる、という理由以上に新作のネタ出しにするつもりもあるようだ。


 「ラティオ」主宰としては、それは願ったりでもあるのでスイーレは先を促した。


「それで?」

「ですが、それが暴走してしまった。つまりスイーレ様に危害を加えようとしようと考えるようになってしまった」

「ははぁ、それを注意しようとしても“令嬢”であるから難しい。――いいわね。整合性が高まってきたわ」


 当然、アウローラにとっては穏やかではない推理になるわけだが、スイーレはあくまで推理の中の話だと反駁してくることも、また彼女の経験上確かなことだ。

 結局、見守るしかない状態でコンピトゥムは先を続けた。


「ね? なかなか良いでしょう? そしてスイーレ様を危険から遠ざけるためにいったん婚約を取りやめることにした。――この推理はどうです?」

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