自縄自縛
こういったジャンルが成立したのは、二十一年前。
クルタス・ムンディシオ著「祝福された死体たち」が出版された時とされている。
この書物は王国で広く親しまれている四大神を崇める宗教的な内容の著作物かと思われたが、読み進めていくと時代を超えたある謎について、それを追いかけるルポルタージュのような内容だったのである。
もちろん、それは全くのフィクションであったのだが、
「本当にあった事件なのではないのか?」
と、その真偽を巡って王国中が喧騒のるつぼと化した。
小説の舞台とされたフローディスポーネ公爵領では、眉を顰めながらも観光客の増加という目に見える成果を前にしては表立って文句をつけることもなかったのである。
さて、こうなると一気に推理小説というジャンルが脚光を浴びた。
最初は経済的効果に注目が集まっていたが、それも全ては推理小説というジャンルが単純に「面白かった」からと理由が大きい。
今までの文壇からは嫌われることとなったジャンルではあるのだが、そんな抵抗はさらに推理小説というジャンルを豊かにした。
十年も待たずに「推理小説風」といった文学作品まで登場したのである。
さて文壇が混沌の渦に巻き込まれつつあった中、推理小説というジャンルに夢中になった少女がいた。
言わずもがなルースティグ伯爵令嬢ラナススイーレである。
彼女は貪るように推理小説を読んだ。読み耽った。
伯爵家の財力がそれを支えた。もっとも他の令嬢に比べれば金のかからない趣味ではあったのだが……
そうやって彼女の頭脳にあらゆる推理小説のデータがインプットされてゆき――やがて彼女は気づいた。
「好きな推理小説」と「嫌いな推理小説」があるという事に。
彼女が物心ついた頃には、既に推理小説は爛熟状態であったのである。
スイーレのように片端から目を通していれば当然「当たり外れ」は出てきてしまうのものだ。
それらは彼女の個人的嗜好による判別であることは言うまでもないが、それに加えて推理小説を推理小説たらしめている「謎」の強度にも物足りなさを感じることも多くなった。
彼女はこの違いを自ら分析して――あたかも推理小説に出てくる探偵のように――自分の好きな推理小説をこう定義づけた。
一つ。
描かれている物語に整合性があること。あるいは整合性があると錯覚できるもの。
これは読者への裏切りになる、と。
二つ。
作中に提示された謎は、最後に綺麗に解き明かされなくてはならない。
思わせぶりな結末は結果的に整合性を無視することになる。謎を解かぬまま。そういった含みを持たせた推理小説は作者自身が謎を解決できなった逃げである、と。
三つ。
謎の強度のクオリティの保持。
これは単純に、読者に提供する「謎」が簡単すぎては推理小説は推理小説として成り立たない、という取捨選択の結果である。
スイーレ自身が基準となるわけだから、この定義には問題があるだろう。
だがまず、この三項目は並立しているのではなく、優先順位によってこの順番で並んでいることが大きい。
整合性が保たれているのならば、謎の強度に関してはそこまで大事では無い、とスイーレは考えたのだ。
そしてこの三項目は、そのままスイーレが手掛けるレーベル「ラティオ」の根幹となったのである。
つまり先ず、こういう基準を満たす推理小説をスイーレが読みたいがためのレーベル立ち上げなのである。
当初はさすがに貴族の趣味、とも揶揄されたものだが、スイーレの主張は多くの民の要求に応えてしまった。
それだけ巷に氾濫した推理小説は、この時玉石金剛状態だったのである。そんな中「ラティオ」がどれほどの指針となったことか。
結果として「ラティオ」は急成長した。
「ラティオ」のレーベルに採用されれば、それは成功の証と言われるほどに。
だが、その急成長の歪みはスイーレに降りかかっている。
何しろ全部読んで、ダメ出しして、時にはアイデアを提供するようになってしまったからだ。
さらには文壇からは親切めかして、その実、推理小説を骨抜きにしかねない、主義主張の違う編集者を押し付けられるなど妨害もある。
もっともこれに関してはスイーレたちのストレス発散の玩具と化しているのだが……
さらにここに来て、婚約破棄。
主人を思うアウローラの憂慮が収まるはずはなかった。
せめてスイーレが夢中になれるほどの推理小説に巡り合えれば、と思うアウローラであるのだが、スイーレの読書経験が簡単な謎ならばうち砕いてしまう。
となると、スイーレは「ラティオ」を立ち上げたことで、自分で自分の首を絞めているのではないだろうか?
そんな疑問がアウローラを苛むのである。
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