段取りが悪い!

 少し整理すると私たちの婚約が破棄になったのは、もちろんクーガーからの申し入れがあったわけでは無くて、実は私の申し入れでもない。


 私たちの婚約に“待った”をかけてきたのは、実は王家……らしい。

 ちゃんと聞いたわけでは無いんだけど。


 婚約破棄は私の望みであるし、自然とそうなるだろうと思っていたから、きちんとは確認してないのよね。


 うちの父上は喜びながら王家からの賠償金を受け取ってそれを受け入れるタイプだし、クーガーの家は……もともと王家のやることに興味がない感じなのよね。


 そういう次第なので、私はいい年齢としなのに婚約者のいない伯爵令嬢になったというわけだ。

 となれば、年齢はともかく、やすやすと男性と二人きりで会うわけにはいかなくなったので、アウローラがくっついている。


 私自身は結婚は諦めているんだけど、うちの家の外聞というものがあるから仕方がない。それなのにクーガーが全然大人しくならない。


 この子が大人しく、というか婚約が破棄されたんだから普通は交流自体が無しになるのが普通でしょ? どうしてこんな事態になってしまったのか。


 もちろん、そのあたりはクーガーを問い詰めている。

 その時の答えはこうだ。


「婚約中は、約束を守って会うのは我慢してたんだ。その婚約がなくなったんだから我慢する必要はなくなったってことになるだろ」


 残念ながら、私はこの理屈を否定することが出来なかった。

 そもそも、


 ――結婚するまで楽しみはとっておきましょう。


 なんて、無茶な理由でこの子を制御していたという負い目もあるわけだし。

 だけどクーガーのずれっぷりは、これだけにとどまらなかったのだ。


 そんな負い目もあるので私は続けて誤魔化すように、当たり前のことを丁寧にクーガーに説明した。

 だけど――


「婚約が無くなったって事は結婚しないってことなの。だから結婚しない私たちは――」

「婚約無くなったって結婚出来るだろ?」


 と、こうである。

 そして、この理屈にも私は抗う術が無かったのである。


 確かに「婚約破棄」と「結婚出来ない」は繋がっているようで、実はバラバラにとらえることも出来る。

 完全に盲点を突かれた思いだ。


 「ラティオ」の作家陣が、これほどの閃きを見せてくれる時があるのだろうか……


 それはともかく。


 とにかくこのやり方ではクーガーは納得しない。

 毎日やってくる。


 それは困るので、私は別の切り口を考えてみた。

 いや、それほど大げさなものではない。気付くべきことに気付いただけだ。


「……それはそうと、ニガレウサヴァ伯の後嗣あとつぎ殿」


 改めて、私は仕切り直した。


「何だい、いきなり他人みたいに」

「他人になるんです。それに何より、殿下の新しい婚約相手が他の女と親しくしているのを知れば面白くないでしょう? そういったお方を慮ってくださいな」


 そう。

 私たちの婚約が無しになったという事は、王家としては他の誰かと私たちのどちらかを結婚させたいという事になる。


 他に理由が思いつかない。

 そして私は他の殿方と婚約していないし、消去法でクーガーが誰か改めて婚約するという流れになるはずだ。


「新しい婚約? 何言ってるんだ?」


 ところがクーガーから返ってきたのは、こんな言葉だった。

 誤魔化してる感じでは無い……わね。そもそもクーガーはそういうことはできないし。


 私は反射的にクーガーの後ろに控えるキンモルへと視線を移した。

 クーガーにまでは話が通ってないとしても、キンモルなら知っているかもしれない。


 つまり、ニガレウサヴァ伯家には話が通っている可能性。

 けれどキンモルも知らないみたいね。眼鏡がますます曇ってるし。


 私は視線をクーガーに戻して恐る恐る確認してみた。


「……じゃあ、本当に他の誰かと婚約してないの? そういう話も聞いてないわけ?」

「あ、戻った。うん、そうだな。そういう話も聞いてない」


 何だそれは!?

 段取りが悪すぎる!


 ――それとも王家には他に思惑があるのかしら?


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次回からしばらく三人称になります。

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