婚約破棄でも前向きだ
……という感じで、問題児からの手紙が届いたというわけだけれど。
成果が無いようにも思える内容だったけれど、それは想定内であったし私には十分に手応えを感じる手紙だった。
彼女にはそのまま純粋であってほしい、と願わざるを得ない報せである。
「スイーレ。手紙誰から?」
「……テワイスからよ」
「ああ、あの人か。今はヴィリディス行ってるんだっけ?」
前に話したことは一度だけはあったような気がするけど。
どうしてこうも覚えていられるものなのか?
十分に気持ちが悪い。
この目の前のニガレウサヴァ伯の継嗣、クーガーという男は。
私の自宅の庭園。その四阿で優雅に午後のお茶でも楽しもうとしていたところに、この子は奇襲をかけてきたのだ。
奇襲というか、ここ最近毎日である。わざわざ宿まで取って、
クーガーの見た目もかなり変わっている。真っ白で、生まれつきウェーブのかかった髪が頭の上にこんもりと積みあがっていた。
それと対照的な漆黒の瞳。
ニガレウサヴァ伯家の制服――というか軍服よね。灰黒と言うべきなのだろうか。色合い的には落ち着いた格好。
飾緒とサッシュはいぶし銀。ニガレウサヴァ伯領の気候を考えると、それはそれで意味がある配色だし、この子はその……優秀な軍人ではあるらしいし。
そんなクーガーの後ろに控えて、直立不動で困惑した表情を隠そうともしないキンモルもほとんど同じ服装だ。彼はクーガーの副官っぽいポジションらしい。
背はクーガーよりも高く、年齢も上だ。がっしりした体格だしクーガーのお目付け役の役割も受け持っているのだろう。赤銅色の髪もしっかりなでつけてある。
だけど、かけている四角いメガネが曇っているのは暑いからばかりではないだろう。
何しろ今は春だし。
つまりは
うん。
同情するしかないわね。もちろん叱ったりはしない。
それにここは、身分の上ではクーガーと同格の私が何とかするべきなんだろう。
ここ数日同じことをしてるんだけどね……
私はため息と同時にクーガーに呼びかける。
「……クーガー。何度も言ってるわよね。そんな風に私がやってることに関心を持たないでって」
「でも、テワイスの事はスイーレが教えてくれたんだぞ」
「そうだっけ?」
私は振り返ってお付きのメイド、というか公私にわたって私のサポートを受け持っているアウローラに確認してみる。
アウローラはブルネットの髪を短くまとめた、いかにも才媛でござい、という感じの見た目をしている。細身で背も高い。
今、エプロンドレスを着込んでいるのは、間違いなく彼女の趣味だ。
その証拠に、彼女はお茶の準備も何もしない。
他のメイドに任せて、私のそばに居続けることが彼女の役目なんだけど、図太すぎないだろうか?
キンモルとは対照的な丸眼鏡をかけてはいるが、期待された印象を和らげる役目は放棄しているようだ。
そんなアウローラが、少し間を置いて答える。
「……私もしっかりとは覚えていませんが、テワイスが発つ折に、お嬢様がクーガー様とのご予定を無しにされたのは覚えております。そうなると必然的に……」
……ああ、あったわね。そんなことが。
となると彼女の言う通り、テワイスの事をクーガーに伝えている可能性は高い。それも面倒くさくなって、かなりおざなりに、だ。
私がまるっきり覚えていないことも、これで説明できる。
クーガーの気持ち悪さは変わらないけれど。
「そうだぞ。俺は一月ぶりで楽しみにしてたから、ショックだったんだ」
「その数日後にちゃんと時間作ったでしょ」
「一点鐘だけな」
ええい、本当によく覚えている。
いやこれは恨み言だから当然なのかも。
しかし、それでもあの頃のクーガーはしっかりと私の言いつけを守って、
「結婚したら、どうせずっと顔を合わせることになるのだから、結婚するまではとっておきにして『会う』ことの価値を貶めるようなことはしないでおきましょう」
という私の口八丁に従ってくれていたんだけどなぁ。
それが今は、毎日やって来るような状態になってしまっている。
確かに状況は大きく変わったのだけれども。
私とクーガーは確かに婚約していた。
でもそれは無しになったのだ。
私とクーガーの婚約は破棄された。
それなのに、この子は婚約していた時よりも私の元を訪れてくるのである。
改めて考えるまでもない。
――絶対におかしい!
のだ。
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