さば味噌あんホイップコッペパン
半月程経つのだろうか。
便利屋は思いの外に忙しく、そうでなくとも久方ぶりに再開したパチンコで時間を埋めていた。
一日が終わると酒を飲んだ。
これも蓮太郎にとっていつぶりだろうか。
スコッチをロックで。
下唇を濡らし、僅か舌上に広げる。
ああこんなに苦い物だったかな。
蓮太郎はそんな事を思いながらタバコの箱に手を伸ばす。
灰皿の横にある封の切られていない箱を通り過ぎ、少し凹みくたびれた箱から一本抜き取り、雑に箱をテーブルに放った。
酒気を帯びた煙は、光に揺れる水蒸気の様に揺蕩って部屋を飲んでいく。
光源と空気と煙。
その粒子を虚ろな目で追っていればいつしか一日は終わる。
その繰り返し。
そう元来こうだったんだ。
そう何度も自意識に言い聞かせる日々を過ごした。
何故かベッドを使う気にはなれなかった蓮太郎は、この日もソファーで眠った。
ドアを開くベル音がする。
随分朝早くからのお客さんが来たものだと思いながら、寝起きの目を擦っている。
蓮太郎
「なんだコンビニのばあさんか」
ばあさん
「なんだとは何だねあんた。おはようございますでしょうに、全く覇気が無いったらないわね」
蓮太郎
「またお裾分けという名の廃棄処分だろ?まぁ助かるがな。丁度朝飯だしな」
ばあさん
「いつも有難うございますくらい言えないのかね、この男は。シャキッとしなさないな、良い大人なんだから」
蓮太郎
「…良い大人か…大人ねぇ」
ばあさん
「呆けてないで、はいこれ受けとりな」
蓮太郎
「ああ、ありがとよ」
蓮太郎は無遠慮に中身を直ぐに確かめる。
カサカサと塩化ビニル樹脂の乾いた鳴き声がした。
蓮太郎
「おい、何だこれは」
「さば味噌あんホイップコッペパンだと?」
「こっちは苺ミルクカップ焼きそば」
「バランスバー、レバニラ炒め味」
「バランスバー、カニ玉餡かけ味」
「それに、飲むカツ丼風シェイク…振る回数で好みのツユ加減、ツユダクの目安は十五回…」
「ゲテモノの極みだな、ばあさんよ」
蓮太郎は更に袋の奥へと手を入れる。
蓮太郎
「いやいやいやこれは無い」
「ザーサイゼリーって誰が買うんだよおい」
ばあさん
「なんだいあんたは、ピスタチオの次はザーサイだよ。猫も杓子もザーサイザーサイさ」
蓮太郎
「嘘つけ、ホラが過ぎるだろ」
ばあさん
「まぁ、なんだね、ついついハクちゃんが好きそうなもんを仕入れちまってねぇ」
「でも良かったよ。こんなうだつの上がらない男の所に居るより、本当の親が見つかったんだろ?」
「しかも中々の金持ちでこれからは苦労しないってあんたも言ってたしね」
「あらこんな時間だね、夜勤が帰っちまう時間だ」
「また来るよ」
蓮太郎
「もうゲテモノは要らねぇからな」
「食うやつも居ねぇんだしよ」
そう溢したが聞こえてはいなかっただろう。
ただ蓮太郎の耳には自身の言葉が何度も反響してはざらざらと鼓膜を掻いた。
袋から一つづつテーブルへ出していく。
そして残った最後の一つを手に掴んだ。
蓮太郎
「麻婆豆腐グミか…」
雑に封を切り指で摘んで口へと運ぶ。
蓮太郎
「やっぱり再現度が高すぎて逆に気持ち
そう言うと蓮太郎はゆっくりと歩き出した。
慣れ親しんだ自身の住処をゆっくりゆっくりと、何かを確かめる様に。
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