アジフライ味ウエハース

 七ツ星達が去ってから数刻。

いつもより静かに感じる事務所で、深くソファーへ沈む蓮太郎の耳にハクが元気良く階段を駆け上る音が聞こえてくる。


もう一度タバコに火を点けようかと逡巡したが止めた。

その代わり深く息を吐き両の手で顔を覆った。

「よしっ」と勢いをつけ立ち上がる。


ドアの開くベルの音が、今は憎くすら感じた。



ハク

「れんたろったばこかってきたよー」


「あとねーこれおばちゃんがしんしょうひんって、なんだっけなー、うーん」


「そうそう、あじふらいあじのうえはーすだって!」


蓮太郎

「ああハクありがとな」


ハク

「れんたろどうしたの?おしごとだめになった?」


蓮太郎

「いや、お仕事の話しじゃ無かったんだ」


ハク

「そーなの?それじゃまたひまー?」



蓮太郎はグッと唾を飲み込む。

酷く口が乾き、唇は小さく震えていた。

次は息を吸うのかそれとも吐くのか分からなくなった。

目を閉じて一度天を仰ぐ。

そしてハクのとても綺麗な瞳を見つめた。



蓮太郎

「ハク、いいか。明日からさっきのおじさんの所で暮らすんだ」


ハク

「ん?なんでー?」


蓮太郎

「何ででもだ」


ハク

「なんで?どうして?」



蓮太郎は次の言葉が出てこなかった。



ハク

「ほんとなの?どうして?れんたろがはくのこときらいになったから?」



蓮太郎は答えられない。



大人の都合に巻き込まれるだけのこの少年に、ここから離れる為の理由を、今また大人の都合で押し付ける勇気を出せずにいた。



蓮太郎

「ハク、もう決まったんだ。俺とはさよならして、明日からもっと良い生活が出来るんだよ」


ハク

「なんでさよならなの?れんたろわはくのこともういらない?じゃま?」


蓮太郎

「分かってくれハク」


ハク

「わかんないよっ!どうしてっ?れんたろっ」


蓮太郎

「…ああそうだよ、俺はお前の事が嫌いになったんだ。お前が邪魔で仕事だって上手くいかない」

「あのおっさんがお前と暮らしたいからってたんまり金をくれたんだ」

「邪魔なお前が居なくなって金も貰えて俺には良い事しかない」

「だからお前が嫌がったら金を返さなきゃいけなくて俺が困るんだよ」



ハクの白い頬が赤みを帯びていく。

めいいっぱい開かれた目は真っ直ぐ蓮太郎を見つめていた。



ハク

「うん、わかったよ」



それからハクは何も話さなくなった。

蓮太郎もこれ以上掛ける言葉が見付からなかった。

ただただ時間だけが過ぎていく。



ハクはどこか怒っている様で、蓮太郎と暮らし始めてから初めて一人の夜を過ごした。



怒ったハクを初めて見た。

そんな事を蓮太郎は考えていた。



翌日。

蓮太郎は如何にもなセダンに乗り込むハクに何か言おうとしたがそれは音にならなかった。

僅かに上げた手の平も、ゆっくりと握り拳へと変わり行き場を無くした。



ああウエハース結局あいつ食べなかったな。

そんな事を思いながらいつまでもそこに立ち尽くしていた。


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