言の葉の味

 蓮太郎はほんの一拍の時間、脳内での処理を済ませた。

「保護してくれて」

この部分だけで何を指しているのかが、蓮太郎には理解が出来た。



いつかこの日が来るかも知れない、その日が今日来たのだと心の内で思った。



しかし、俊継君か。

「君」を付けているという事は目の前の男は親ではないと言う事なのか。



七ツ星

「そうですね、まずは事の起こりを説明します」


「名刺にもあります通り私は七ツ星家の人間です。現在は社長と言う立場を取らせてもらってますが、現在の会長、つまり私の父が社長をしていた時の事です」


「お恥ずかしい話しですが、私は子宝に恵まれませんでした。父は元より息子である私に跡を継がせるつもではありましたが、さらにその先、私が社長を退く時に誰に継がせるのかと言う事を憂いていました」


「私は養子を迎えるつもりでいることを父に伝えましたが、父はそれが面白く無かったのです」


「と言いますのも、父は極度の血縁主義者だったからです。七ツ星の血を引かない人間に跡を継がせる事なんて考えられなかったのです」


「私は何度も説得を試みました。しかし父が納得する事は無いまま、妻の年齢も適齢期をとうに過ぎてしまいました」



未だ本題の見えない蓮太郎の顔は困惑していた。



「そして父は考えたのです。七ツ星の遺伝子を持った人間を造れないかと」


「父の血や遺伝子を使って、いわゆるクローンですね。クローンを生み出し、そして後の世継ぎにする事にしたのです」



蓮太郎の顔は厳しくなった。



「私が知ったのは事後です。倫理的にも道理を外れていますし、あまりにも狂気だと思いました」


「だから父は私に告げずに実行したのでしょう」


「そして生まれたのが『俊継』君なのです」


「あまりに突飛な話しに驚かれた事でしょう」



蓮太郎は俯く。

しばしの間を置いて、俯いたまま言葉を発した。



蓮太郎

「はい、驚きはしました」


「しかし金さえ有れば大抵の事は出来てしまう時代です。私の想像の埓外では可能な事もあるのでしょうね」



七ツ星は次の言葉を待ったが、俯き一点を見つめる蓮太郎に続きを話し出す。



七ツ星

「はい、その通りです。言葉を選ばず言うと培養。それが終了し、人としての育成が始まりました」


「そこから数年、順調かと思われた成長に問題が発覚します。年齢で言えば五歳が経過した頃の事です。自然物との差異が有ることは想定の内でしたが、それにしても成長が遅すぎる。言葉の覚えも非常に悪かったのです」


「そこで精密検査と分析を行いました」


「結果は重度の発育障害。そして脳の前頭葉、運動性言語中枢が著しく機能していない事が解りました」


「このプロジェクトのチームは、俊継君がこの先も大人にまで成長する事はない、と結論付けました」



蓮太郎の顔は暗く影の部分が増した様に見えた。



七ツ星

「そしてです。この結果を聞いた父は酷く絶望しました。何かのタガが外れたのです」


「俊継君を知り合いの養護施設に預ける事にしたのです。孤児として」


「養護施設から俊継君が失踪したと聞いたのは、預けてから一年程経過した時でした」


「私達も可能な限り探しました。ですが出自が出自です。事を大きくする事も出来ず、大々的な捜索活動は出来ませんでした」



蓮太郎は視線を動かさない。

七ツ星もお付きの男も少し困惑していた。


蓮太郎が口を開く。



蓮太郎

「正直、合点がいきました」


「私とハク、いえ俊継君が出会ってから十一年です。身長なんて三十数センチしか伸びていません」


「彼の白皮症(アルビノ)の事もあり、遺伝子的要因が関係しているとは思っていました」



蓮太郎は言いたい事の半分以上を飲み込んだ。

言った所で何かが変わる訳では無い。



蓮太郎

「その養護施設は何処に在るのですか?」


七ツ星

「大井梅市です」



(大井梅?ここから電車を使っても一時間以上は掛かるじゃないか。それを子供の足で、しかも裸足で。あの日のハクはそんな思いをしていたのか)



蓮太郎

「その施設は今も?」


七ツ星

「いえ、俊継君が疾走してから一年程で閉園しました。児童への虐待が内部告発によって分かりまして」


蓮太郎

「…でしょうね」



蓮太郎は察しろと言わんばかりに呟いた。














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