粗茶

 一日の始まりと言ってもさしてする事はない。

依頼が無くては始まらないからだ。

ノートパソコンでメールの整理をしながら、スマートフォンで何か困り事を抱えている人のつぶやきを探す。



蓮太郎が自身の力で解決出来そうな案件を見付ければ、「R's expressman」のホームページのリンクと簡単な文章をDMするが、大抵は怪しまれて無視されるのが大半だ。

それでも地味な活動が仕事に繋がる事だってある。



ハク

「きょうもおしごとないかなぁー」


蓮太郎

「どうだろうな、今日は依頼人が来るかもしれないぞ」


ハク

「はくわね、ねこさんさがせばいいとおもうよー」

「ねこさんをさがすおしごとがいいとおもうよ!みつけてあげるとかいぬしさんすごーくよろこぶの!」


「はくわあれがすきー」


蓮太郎

「ハクよ、あれは猫だけ探しても意味が無いんだよ。猫を探している飼い主がまず居なきゃ駄目なんだ。猫を探す前に、迷い猫を探してる飼い主探しから始める必要があってだな」


ハク

「うーんよくわかんないよー」


蓮太郎

「つまりだな、猫を探してる、飼い主を探してる俺が居るって言うパラドックスをだな。パラドックスって使い方合ってるのか。まぁハクよ、つまり今の所はお仕事は無いって事だ」


ハク

「なーんだ、きょうもひまかー」



二人がそんないつものやり取りをしていると、事務所のドアが開く。

ドアベルが来客を知らせる音を奏でた。



ドアを開き現れたのは二人の男性だった。



一人は初老のとても品の良さそうな男で、スリーピースのスーツはどこぞの高級品だろうか。

生地から漂う光沢が蓮太郎の持つそれとは違った。

袖からチラと覗いた腕時計は男なら一度は憧れる自動巻きの大御所ブランド。



数歩後ろの男は如何にも仕事が出来そうなオーラを纏っている。

年齢は蓮太郎より十歳程は上だろうか。

キチッとした髪型と身なり。

黒縁眼鏡の奥の目はやや緊張して見えた。

手には小ぶりのジュラルミンケース。

前方の男のお付きといったところだろうか。



蓮太郎は来客用ソファーに促したが、初老の男だけが座る。

その光景だけで、目の前の男の地位の高さが伺い知れた。



ハクに自宅スペースへ行っているように伝えると、コクンと頷いて小走りで駆けていった。



その姿を客の二人は目で追う。



蓮太郎は名刺を差し出した。



蓮太郎

「改めましてR's expressmanの九段下と申します。本日はどの様なご要件でしょうか。可能な限り御助力させて頂きます」



すると初老の男がお付きの男に目配せをし、名刺を出させる。



株式会社 七ツ星商事

代表取締役社長 七ツななつぼし 俊一としかず



蓮太郎は驚いた、七ツ星商事と言えば蓮太郎でも知っている大企業。

七ツ星グループの大元ではないか。

銀行業、建設で財を成した元財閥グループ。

その傘下子会社は今では十や二十どころではない。

そのトップが一体なぜこのような所に来たのか。



蓮太郎は嫌な汗が出た。

こんな場末、と言ったら卑下し過ぎなのだろうがそれでもこのレベルの人間が来るような場所ではない。



秘密裏に片付けたい事が有るのだろうか。

それでも自分より適任はいくらでも居るうだろうに。

そんな事を考えながらお茶を用意した。



七ツ星

「突然すみませんね。アポを取るべきかとも思いましたが私にも思う所が御座いまして、本日は直接お邪魔させて頂きました」

「ここへ来るまで、私もどう説明したら良いかと頭を悩ませました」



七ツ星はゆっくりとした口調で話しだした。

声も話し方も大企業を背負う男は風格が違った。

蓮太郎は気後れしないように出来るだけ堂々とした態度を心掛ける。



七ツ星

「取り敢えず、起こったことを順に話して行こうかと思います」

「長くなるかもしれませんが宜しくお願いします」



蓮太郎はこちらこそ宜しくお願いしますと頭を下げた。



七ツ星

「まずは、俊継としつぐ君を今日まで保護して頂いて、本当に有り難う御座いました」

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