カップアイスナポリタン味
もう何年もシャワーで済ませていた蓮太郎だったが、ハクと暮らし始めてから毎日湯船に浸かるようになった。
ハク
「きょうもひまだったねー」
蓮太郎
「そうだなー」
ハク
「はくわもうあちーよー、ねぇれんたろっきょうもいっしょにひゃくかぞえてねー」
蓮太郎
「よしじゃあ肩まで浸かって数えるか」
入浴を済ませお揃いのスウェットに着替える。
ハクの頬はホクホクといい具合に茹だっていた。
ハク
「ねっれんたろっあいすたべたいよー」
蓮太郎
「うーんそうだなぁ一個だけだぞ?」
ハク
「えへへーやったやったやったー」
ハクは小走りで冷蔵庫まで行き、カップアイスとスプーンを持ってソファーでくつろぐ蓮太郎の元まで来る。
ハク
「はくこれすきなのー、れんたろっふたのしたのうすいのかたいからとってー」
フィルムを取ってもらい蓮太郎からアイスを受け取るとハクはまだ硬いアイスをスプーンでガリガリ削りながら食べる。
ハク
「れんたろっこれおいしいよー、はいどーぞ」
蓮太郎
「いや俺は大丈夫」
ハク
「むうう、れんたろっこれどーぞ!」
(カップアイス『町の洋食屋さん味シリーズ』バラエティーパックのナポリタン味)
(ハクはこれ好きなんだよな)
(しかしナポリタン味って…赤と白のマーブル模様)
(まず赤い所から。ああこの甘味の奥にほのかな酸味、見事にケチャップだ)
(しかも玉ねぎとピーマンの風味が後から鼻に抜ける。僅かにスパイシーなのは胡椒かも知れん)
(そして白い所は濃いミルクといったところか。少しチーズに近いかもな)
(次は赤と白を同時に食べると、ああ、これはあれだ。昔喫茶店で食べたグラタントースト、一斤程の食パンにホワイトソースとチーズを掛けてこんがり焼いてある)
(てっきり中もパンだと思い食べ進めるとそこにはナポリタンが隠されていて、ナポリタンとホワイトソースとチーズ、これを一緒に食べるマリアージュ)
(あれと瓜二つだ。ああ、あの喫茶店まだ有るかな)
舌の上でアイスを転がしていた蓮太郎は、ハッとしながらカップに印字された成分表示表を見た。
蓮太郎
「どうりで微かにパスタを感じると思った訳だ、デュラムセモリナ粉が入ってやがる。再現度が高すぎて逆に気持ち
ハク
「れんたろおいしくなかった?」
蓮太郎
「いや、美味しかったよありがとな」
ハク
「ならもっとどーぞ」
蓮太郎
「蓮太郎はお腹がいっぱいだから、後はハクが食べな」
ハク
「うんわかったよー」
色違いの歯ブラシに、黄色はミント、青にはちりめんじゃこ味の歯みがき粉を付け、並んでシャカシャカと音を立てる。
蓮太郎の仕上げのブラッシングが嫌で、ハクは歯磨きの腕を文字通り磨き、その甲斐があって今では蓮太郎の手出しは無用だった。
灯りを消しベッドへ向かう。
ここは最上階でカーテンは不要だった為に、外から溢れる灯りで元来暗闇を怖がるハクも安心して眠れる。
ハク
「れんたろ、あのね、しろくまんそふぁにわすれちゃったの」
蓮太郎はソファーへ白くまのぬいぐるみを取りに行き、自身の顔を隠すようにぬいぐるみを持ちながら帰ってくる。
そして喉の空間を出来るだけ狭めて声を出す。
しろくまん
「ハクくん今日は何のお話しが聴きたいかな?」
ハク
「うーんとねぇそれじゃね」
「のざわなせんたいつけもんじゃーがねー、しろごはんはくしゃくとたたかうやつー」
しろくまん
「よーしそれでは始めるよっ」
「大変っ『わさび風味野沢菜グリーン』が『白ご飯伯爵』に懐柔されてしまったわ!」
「炊きたてご飯の蒸気で夢の世界に迷い込んでるみたい!」
「このままだと悪の総帥『定年後のダンナーン』に味噌汁付きで連れて行かれてしまうわ!」
「私達の必殺技『古漬けは酸っぱいからびっくりするビーム』も五人揃わないと出せない、どうしたら良いの?」
「お困りのご様子だねっ
「おっお前は闇落ちしたはずの辛子高菜オリーブ!?なぜここにっ!?」
「この程度の敵に負けてもらっては困るんだよ。今回だけだ、グリーンの空いた穴を私が埋めてやろう」
「辛子高菜オリーブが居れば秘技『豚骨には高菜?それとも紅生姜?いいえどっちも結構です。キクラゲって丼ぶりの底に沈んでるよねアタック』が出来るぞ!みんな!息をあわせ…」
蓮太郎が気付くとハクはスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。
蓮太郎はハクの手にしろくまんを握らせて、ぬいぐるみの手をハクの鼻の下に当ててあげる。
ハクが途中で起きても、こうしておけば直ぐにまた眠れる事を蓮太郎は知っていた。
蓮太郎は静かにソファーまで移動する。
タバコの先に彼の呼吸に合わせ明滅する朱い光を灯した。
パキッとフレーバーカプセルを器用に前歯で潰すと、少しむせてしまったが必死に咳を殺した。
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